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かきかたの本

書き方の練習

追伸、木星はもうすぐ春になります

木星の彼女から、一年ぶりにメールが届いた。

地球と木星の時差がどれくらいあるかなんてのは、よくわからない。ただ、ずっと遠くの星に、ずっと昔、今ここに存在する人々のためにこの地球から飛び立った人々が住んでいるのだと、そんな話をぼんやりと聞いたことがあるだけだ。

『Re:素敵な人、地球に春はありますか』

彼女から初めて届いたメールは、そんなタイトルだった。

街外れに、古い電波塔がある。ずっと昔、“空に届く木”と呼ばれていたその電波塔は、今となっては錆びだらけのガラクタでしかない。俺はそのてっぺんでラジオを聴きながら、このくたびれたシャツのような世界を見下ろすことが好きだった。

その木偶の坊は、時折、不思議な電波を拾う。それは、どこかで聞いたような懐かしい歌だったり、犬の鳴き声だったり、電車の走る音だったり、誰かのすすり泣く声だったり。いつも聞いている、それでいて、まるでどこか遠くの別の世界の出来事のような。そんな不思議な音だった。

ある日、俺は空へ向けてメッセージを飛ばした。宛先は無い。風船に手紙を付けて飛ばすような、そんな感覚だった。

『地球より、何処かへ。あなたの世界には、どんな音がありますか』

件名に、ただ、それだけを書き、その塔のてっぺんから空へ向けてメールを飛ばす。ボロボロの塔は、ただのとんがった鉄でしかなかったが、しかし、それだけで十分に役目を果たしてくれた。その時は、まさかこのメールが誰かに届くなんて。そしてまさか、返信が来るなんて。思ってもいなかった。

 

Re:素敵な人、地球に春はありますか

初めまして、地球の素敵なあなたへ

私の周りには、色々な音があります。風の音、雨の音、電車の走る音、飛行機の飛ぶ音、小惑星が外壁に当たって砕ける音、渡り鳥たちの声、バニラ(うちで飼ってる犬です)の鳴き声。同級生のみっちゃんの笑い声。シン君の吹くトランペットの音。外壁を流れる水の音。それから、私が好きな、春の音。

木星には、春があります。夏も秋も、冬もあります。冬は、私はあんまり好きではないですけどね。

私の遠い祖先は、ずっと昔は地球に住んでいたと聞きました。人類が増えすぎて、地球がいっぱいになってしまったから、選ばれた半分くらいの人々がこの木星へと移住したのだ、と。

地球は、本当に綺麗で美しい星だったと、伝えられています。先祖たちは、その美しい星を守れたことを誇りに思っていたらしいです。

地球に春はありますか?

今、地球は、美しい星ですか?

お返事、待ってます。

 

メールを飛ばしてから、ちょうど一年後のことだった。機械的な文字の羅列でしかないが、まるで、手紙に書いたような暖かさのある文章。俺はその、7億5000万km先から届いた手紙を保存し、何度も何度も読み返した。そして、彼女への返信を書く。

 

地球は、ちょうど春です

木星の、あなたへ

素敵な返信を、ありがとう

地球にも春はありますよ。今がちょうど、その時期です。満開の桜の木の下で、このメールを書いています。

地球は、美しい星です。空は青く澄み、どこまでも無限に広がる海と、広大な大地に広がる緑の森、山々。風や空気までもが、まるで生きているような。そんな、生命の輝きに溢れているのです。

夜、星空を見上げながら、遠く離れた星々へと想いを馳せます。

木星は、その大きさから、地球へと向かう小惑星の殆どを受け止めてくれていると、聞いたことがあります。しかし、そのことを知っている人間は、地球にも多くはいません。

はるか昔、増えすぎた人類を守るため、遠く離れた星へと旅立った人々がいます。しかし、そのことを知っている人も、今となっては少ないです。

だけど、僕は知っています。だから、木星のあなたに伝えたいのです。

ありがとう。

あなたのおかげで地球は、美しく素晴らしい星です。

 

俺は、彼女に嘘の返信をした。度重なる戦争により犯された地球の空は、常に灰色に濁り、海は黒く腐り、森は枯れ、四季さえもなくなった。ただ、時折、この世の終わりのような重い雲から黒い雨が降り、そして雷鳴の向こうに爆発が見えるだけだ。

しかし、遠く離れた木星の彼女には、そんな現実を知って欲しくなかった。彼女の祖先が、命をかけて守ったこの星が、今はこんな荒れ果てた星になってしまっているなんて。そんなこと、俺には言えなかった。

それから、俺と彼女は一年に一通のメールのやり取りを続けた。どういう仕組みかはわからないが、7億5000万kmの距離を、メールは片道6ヶ月で届くらしい。彼女は自分のことをよく話し、そして同時に、地球の様子を聞きたがった。その度に、俺は嘘をついた。ずっと昔に見た風景や、聞いた景色をつなぎ合わせ、地球を素晴らしく美しい星であり続けさせた。

ただの自己満足かもしれない。しかし、それでもいい。彼女にだけは、美しい地球を見せてあげたかった。どうせ、出会うことなど、叶わないのだから。

 

『もうすぐ、そちらへ行きます』

 

そのメールが届いたのは、空の果てに幾つもの爆発が見えた日のことだった。そんなタイトルから、メールは書き始められていた。

 

もうすぐ、そちらへ行きます

地球の素敵なあなたへ

遠く離れた文通(メールよりも、こっちの言い方の方が素敵でしょう?)も、もう5年になりますね。

あなたからの最初の返信の内容を、覚えていますか。私たちのおかげで、地球は美しい星であることができる、と。そんな風に、書いてくれましたね。本当に、嬉しかった。

木星では、今、革命が起こっています。地球を取り戻すため、多くの軍隊が組織され、地球へと向かっています。私も、明日、地球へと向かう船に乗り込み、そちらへと向かいます。到着は半年後の予定です。このメールが届くのと同じ頃ですね。ふふふ。

私は、造られたアンドロイドだと、最近知らされました。木星に、生きている人類はもうほとんどいません。私たちアンドロイドは、残された数名の人類のために、仮想の現実を作るための存在。心も全て、プログラムされただけのものだ、と。

革命軍に入った時、今の地球の写真を見せられました。ショックでした。あなたから聞いていた姿とは、まったく違っていたから。

でも、私は怒ってはいません。その嘘は、あなたの優しさだって、わかったから。

一年に一度、あなたから届くこの手紙だけが、私にとって唯一の生き甲斐でした。アンドロイドの私が、その瞬間だけ“心”を感じることが出来ました。

地球の素敵なあなたへ

素敵な嘘を、ありがとう。

私に、心を感じさせてくれて、ありがとう。

嘘をついていて、ごめんなさい。

地球に着いたら、あなたを探します。もし、こんな私の話を、まだ聞いてくれるなら。もう一度、今度は一年なんて待たずに、素敵な話をしたいです。

追伸、木星はもうすぐ春になります。本物の満開の桜を、あなたと見たかったな。

 

衝撃は、受けなかった。俺の錆びついた心は、その内容を単なる情報として受け取ることしかできなかった。彼女とのメールのやり取りができなくなるかもしれないという事実だけが、ただ悲しかった。そして同時に、彼女と出会うことが出来るかもしれない、その可能性に、胸が踊る。

錆びついた心が、少しずつ暖かくなっていくのを感じる。

このメールを彼女が書いたのが半年前とすれば、彼女はもう地球に到着しているかもしれない。急いで俺のことを知らせなければ。俺は慌てて彼女へ返信を打つ。

 

叶うことなら、会って話をしたいです

木星の素敵なアンドロイドのあなたへ

真実を、話してくれてありがとう。

そして、嘘をつき続けていてすみません。

ただ、あなたには、地球は美しい星だと思って欲しかった。たとえそれが嘘であっても、僕の単なるエゴであっても。

ニホンという島国の、トーキョーという都市に、私はいます。わかりやすいので、すぐに見つけられると思います。トーキョーで、一番大きな錆びついた電波塔、それが僕です。

もし、僕のことを人間だと思っていたのだったら、それは本当に、ごめんなさい。ただ、僕が人ではなく、アンドロイドでもなく、単なる電波塔でしかないと知って、あなたが去ってしまうことが怖かったのです。

でも、もう、嘘はつきません。

あなたのことを愛しています。

叶うなら、あなたと会いたい。会って、今度は嘘や夢物語ではなく、本当の話をしたい。

私はずっと、この場所で、あなたを待ち続けています。

 

遠くの空に、爆発が見える。あれが恐らく、木星からの軍隊なのだろう。地球は、どうなってしまうのだろうか。いや、どうだっていい。役目を終えた電波塔には……

 

『あなたが電波塔でよかった』

 

その返信は、一年も経たず、いや、一時間も経たないうちに、俺の元へと届いた。

 

あなたが電波塔でよかった

おかげで、私たちは7億5000万kmの距離でも、素敵な文通をすることができたから。

おかげで、すぐにあなたのことを見つけることが出来たから。

 

短い文章だった。

しかし、俺には、俺たちには、それだけで十分だった。

相変わらずの薄暗い空に、薄桃色の花びらが舞った。

 

木星の桜です、あなたに見せたくて、持ってきてしまいました。

 

彼女の“声”が聞こえた。

 

その日、四季を失った地球に、数世紀ぶりの桜が舞った。

孤独、痴女求め、春夜を行く

昔、噂に聞く痴女を求め、夜な夜な街を彷徨い歩いていた時期があった。

社会人になって2年目の年。当時、倉庫の現場勤務であった俺は女性という存在とは無縁であり、若さ故の有り余る欲求を常に持て余していた。どうにかして、なんとかならないものか。日々、悶々と悩んでいた俺は、ふと、ずっと昔に義兄に聞いた話を思い出した。それは、家から徒歩20分の距離にある、母校の前の公園に、痴女が出るという話だった。

当時の俺にとって、痴女という存在は、まさに救世の女神であった。と、そんな風に思うほどに、俺の心は飢え、そして狂っていた。

雨上がりのジメジメとした、春の夜。俺は噂の痴女を求め、夜の街へと繰り出した。夜の街と言っても、デカい川と妙な遺跡が有名なだけの、兵庫県の片田舎である。痴女どころか、人の姿さえなく、俺は一人、静まり返った住宅地を鼻歌交じりに歩いていた。

 思えば、ずっと昔から、こんな風に、静かな街を一人、鼻歌を口ずさみながら歩いていたような気がする。

小学生に上がるタイミングと同時に、その街へ引っ越してきた俺には、当然、友達などおらず。幼少期を母親に檻に入れられ育っていたこともあり、同世代の子供たちとどう関わっていいのかがわからず、ただ、暴力だけの日々を送っていた。いつも傷だらけになって帰る俺を、母は不安そうに見つめ、そして父は頭を叩き褒め称えた。

一人で戦う男、カッコいいじゃねぇか。父のその言葉を誇りに、俺は周りの子供たちと戦い続けた。そして気づいた時には、周りには誰もいなくなっていた。それが、小学2年の頃の話だ。

俺には友達など必要なかった。母親は、毎日俺に100円玉を握らせ、家から送り出した。俺はただ、一人で街をふらふらと歩き、母親に貰った100円玉で、学校の近くのお好み焼き屋の前にあるガチャガチャを回し、そしてそのオモチャで日が暮れるまで遊ぶ。そんな日々を送っていた。当時の俺は、生きるということさえ、よくわかっていなかった。

そんな昔のことを思い出したりしながら、昔歩いた道を歩く。あの日から変わらない、通学路のフェンスに開いた穴。随分と低くなった学校の塀。足を滑らせ落ち、大怪我をした溝。お好み焼き屋の前に並んだ、ボロボロのガチャガチャ。

夜の街を歩くのは、不思議な気分だった。あの頃、一人で遊んでいた道。今は車で毎日通勤で通う道。そんな道を、俺は痴女を探して歩いている。

痴女を探す俺の深夜徘徊は、夏ごろまで続いた。時間帯を変え、コースを変え、痴女を探して歩き続けた。俺は、本気で痴女に会いたかった。エロいこととか、したりされたりしたかった。しかし、それだけではなかったのだ。俺は、彼女を助けてやりたかったのだ。

一人、夜の街を彷徨い、猥褻行為に及ぶ彼女は、あの頃の俺に似ていた。孤独の中を一人歩く彼女を、救ってやりたかった。いつしか俺は、存在するかさえわからない痴女を救う為、夜を進むようになっていた。

暗闇の中を、進む。街灯の下に、季節外れのコートを羽織った人影が見える。ゆっくりと顔を上げたその人物と目が合う。長い髪、白い肌。それが、女だと気づいた時、その女はおもむろにコートを開く。街灯に照らされ露わになる白い胸、整った毛に隠れた陰部。俺は昂ぶる気持ちを抑え、薄ら笑いを浮かべる彼女を抱き寄せる。

俺は彼女の華奢な体を強く抱き締め、耳元で言う。

もう大丈夫、と。

彼女は、どんな反応をするだろうか。驚いて声を上げるかもしれない。俺を押し退け、逃げ出すかもしれない。それとも、襲いかかってくるかもしれない。

しかし、彼女の反応はそのどれでもなかった。彼女は震える手を俺の背に回し、そして俺の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。

ずっと、ずっと、誰かにこうしてもらいたかった。

彼女は泣いていた。俺は彼女を抱いたまま、その傷んだ髪を撫でる。近くで見ると、彼女の肌は艶を失い、少し汚れているようにも見えた。

もう大丈夫、大丈夫だから。

彼女を強く抱き、俺も、涙を流す。救いが必要なのは、俺も同じだった。俺たちは暗い夜の中、2人、涙を流しながら抱き合った。

ありがとう。

しばらく泣き続けた後、彼女は顔を上げ、赤い瞳で照れたように笑い、そう言った。もう一度、彼女を抱き寄せようとした時、そこに彼女の姿はなかった。ただ、街灯の光だけが静かに、音もなく、俺の孤独を照らしていた。

幻の痴女は、もういない。愛を知った彼女は、孤独でなくなった彼女は、その存在を失った。俺は再び、孤独の夜を歩む。振り返ると、先ほどの街灯の下に、一人で遊ぶあの頃の俺の姿が見える。

痴女に会いたいという気持ちは、今も変わらない。それは、俺にとっての憧れ、いつか出会いたい存在、いつか見たい景色、夢。その全てなのだ。

女はエロい方がいい。

変態の方がいい。

だけど、幸せでなければならないのだ。孤独の痴女は、いらない。居てはいけない。だから俺は、孤独の夜を行く。この世界のどこかに居る、彼女の孤独を救うために。

3月も半ばとなるが、未だに夜は冷える。

そんな夜の中、どこかで、涙を流し孤独の夜を歩む痴女が居る。

100円玉を握りしめ、一人で彷徨う子供が居る。

痴女を求め、夜な夜な歩くバカが居る。

味無しクッキー“アイヌより愛を込めて”

スーパーマーケットのバレンタイン特設コーナー。真剣な表情で、チョコの手作りキットを選んでいる制服姿の女学生が一人。口元に指を当て、何度も箱を取っては戻しを繰り返す。そんな光景を見ながら俺は、日本もまだまだ捨てたものではないな、と、そんなことを思う。日本の女学生は、かわいい。誰がなんと言おうと、世界中のどの国の女学生よりも、だ。

日本のバレンタインデーは、おかしい。と、ここ数年で、そんな意見をよく聞くようになった。確かに、バレンタインデーというのは気になる人にチョコレートを渡して愛の告白をする日でも、友達同士でチョコレートを交換し合う日でも、好きでもない職場の人にデパートで適当に買ったチョコレートを渡す日でもない。愛する恋人と、愛を確かめる日だ。

日本人の悪いところは、異国のイベントを日本流に捉え、楽しいところだけをマネするところだと思う。クリスマスにキリストの生誕を祝う人間や、ハロウィンに豊作を願う人間は、この国にはほとんどいないだろう。しかし、俺は日本人のそういうところが嫌いじゃなかった。楽しいことは、素直に楽しめばいい。もちろん、日本のバレンタインデーも大好きだ。

俺は、チョコレートが好きだ。誰かに何かを貰うことが好きだ。それに何より、女の子が好きだ。女学生や美少女に限らず、女の子はみんな好きだ。そんな女の子たちが、勇気を出して、チョコレートと想いを贈る。そんな素敵な日が、日本にはある。

さて、俺自身にとっても、バレンタインデーは特別な日だった。以前、暗い学生時代を送っていたと話したことがあるが、そんな俺でもバレンタインデーにはチョコレートを貰っていた。貰っていたのだ。ふふふ、どうだ、悔しいか。

高校二年のバレンタインデーの話だ。その年、俺はなぜかやけにチヤホヤされており、バレンタインデーには十数人の女の子たちからチョコレートを貰っていた。と、言っても、当然の如く、大量生産の所謂“義理チョコ”というものだったのだが。それでも、女の子から手作りの何かを貰えるのはとても嬉しかった。

そんな中、仲は良かったが、チョコレートをくれなかった女の子がいた。小学校の社会の教科書に載っていた、アイヌの親子の父親によく似た女の子だった。アイヌの親子の父親によく似ているほどなので、顔はあまり可愛くはない。しかし、俺は彼女が嫌いではなかった。

昔から、目立つことやチヤホヤされることが好きだった俺は、生徒会やその他の活動で、人前に立って話すことが多かった。そんな俺のことを、彼女は、よく褒めてくれていた。教師や先輩、仲間、俺を褒めてくれる人たちは多くいた。しかし、彼女は他の人たちと違い、心のこもった言葉をくれていたように思う。

それは、きっと彼女が、俺と二人きりの時にだけ、俺のことを褒めてくれたからだろう。彼女は、俺が一人でいる時、駆け寄って来て「今日の発表、すごくよかったから」とだけ言い、そのままどこかへ駆けて行くような、そんな子だった。

さて、話はバレンタインデーに戻る。その年、十数個のチョコレートを貰って浮かれていた俺に、アイヌの親子の父親によく似た彼女は、申し訳なさそうに、俺に渡すチョコレートがないことを告白する。特に、気にはしなかった。他にもチョコレートをくれなかった子はいるし、それに俺はすでに十数個のチョコレートを貰っていたのだ。何より、彼女はバレンタインデーに意中の人にチョコレートを渡したり、友達同士で交換しあったりするような子ではなかった。

俺は落ち込んでいるふりをして、彼女に「来年は、待ってるから」と言った。彼女は、わかった、と言い、そしてまたどこかへ駆けて行くのだった。

翌年のバレンタインデーは、誰からもチョコレートを貰えなかった。高校三年の二月は、すでに自由登校期間だったこともあり、バレンタインデー当日は家でゲームをして過ごしていたように思う。

そして、次の登校日。バレンタインデーから数日が過ぎていたが、アイヌの親子の父親によく似た彼女は、約束通り、俺にお菓子をくれた。チョコレートではなく、クッキーだった。どうせ、チョコレートはたくさん貰っているだろうから、とのことだ。その年に貰ったのは、そのクッキーだけだった。

可愛らしい袋の中に、小さく、歪な形をしたクッキーがたくさん入っていた。特に何かの形をしているわけじゃない。彼女の不器用さが見え、微笑ましかった。一口、食べる。味がない。二口目。やはり味がない。三口目で、俺は自分の舌がおかしくないことを確信する。そのクッキーには、味がなかった。うまいまずいではない。味が、ないのだ。俺はぼんやりと、外を見ながら、無心で味無しクッキーを口に運び続けた。感情は、特になかった。

そんなこんなで、高校を卒業し、アイヌの親子の父親によく似た彼女と関わることもなくなったそんなある日。俺は仕事帰りに立ち寄ったラーメン屋で、彼女と再会することとなる。働き始めて2年目の春のことだった。

会社からの帰り道にあるラーメン屋。駐車場が狭かったので、入ることはなかったが、その日は残業で遅くなり、駐車場が空いていたこともあり、入ってみることにした。そしてそこで、アイヌの親子の父親によく似た彼女と再会する。彼女は、頭にバンダナを巻き、白いエプロンをして働いていた。一年ぶりに出会った彼女は、笑顔で、いらっしゃいと言う。可愛い、と、思った。

それから俺は、しばらく、そのラーメン屋に通うこととなる。正直、そこのラーメンはまずかった。値段も高いし、サイドメニューもチャーハンしかない。俺は、彼女に会うためだけにその店に通っていた。

彼女はいつも笑顔で、お疲れ様と、俺を迎えてくれた。一言二言、話をし、まずいラーメンを食う。チャキチャキと働く彼女の後ろ姿を見ながら、まずいラーメンを食う。それだけでよかった。いつしか、そのラーメン屋は、俺の帰る場所になっていた。

それから約一年、俺は職場が異動となり、仕事帰りにそのラーメン屋に通うことはなくなった。しばらくして、そのラーメン屋に再び行った時、アイヌの親子の父親によく似た彼女の姿はなくなっており、代わりに、バイト募集中の張り紙がされていた。彼女は、辞めてしまったのだろうか。アイヌに帰ってしまったのだろうか。俺は一人、まずいラーメンを食べながら、彼女へ連絡を取ろうとした。その時、連絡先に彼女の名前がないことに気づく。

使い古された言い回しであるが、無くして初めて気づくことがある。彼女とは、いつでも会えるのだと思っていた。彼女はいつも、アイヌの親子の父親によく似た笑顔で俺を出迎え、まずいラーメンを出し、俺の話を聞いてくれると思っていた。

今となってはもう、わからないが。俺はもしかしたら、彼女のことが、好きだったのかもしれない。

明日は、バレンタインデー。世界にハートとチョコレートが溢れる、特別な日。

アイヌの親子の父親によく似た彼女は、今年も誰かに、あの味のしないクッキーを渡すのだろうか。

俺はきっとまた、職場で、何の気持ちもないチョコレートを大量に貰うだろう。チョコレートは嫌いじゃないが、あの甘さは、多すぎると嫌になる。

遠く北の地に想いを馳せながら、たまには味のしないクッキーも悪くないな、と、そう思った。

雪、無音、窓辺にて、豆を

最近、自分がつまらない人間になったと感じることが多い。それはこの、何の変化もない“平和”な世界に適応してしまっているから、なのかもしれない。

仕事を終え、いつものようにコンビニで弁当を買う。ふとレジ横に目をやると、半額ワゴンに積まれた節分で売れ残った豆。その鬼の面と目があった。そこでようやく、2月ももう3分の1が終わってしまったことに気がつく。

節分で豆を撒かなくなったのは、いつからだろうか。そんなことを思いながら、俺は半額シールの貼られた豆を取り、レジへ差し出した。

コンビニを出ると、湿った雪が静かに降り始めていた。この冬は、よく雪が降る。静かな雪の夜は、ろくでなしの祖父がよく話していた先祖の物語を思い出す。かつて、俺の家系は“暗殺”を生業とする一族だった。

古くは戦国時代にまで遡る。北条家に仕えていた我が一族は、忍びとして、北条に仇なす数多の敵武将を暗殺し、戦場でも幾度となく仲間を救った。敵からは恐れを持って、味方からは信頼を込めて“北条子飼いの鬼一族”と呼ばれていた。北条最後の地、小田原城にて、豊臣の軍勢に囲まれ、いよいよその時を待つのみとなった時。北条氏直は愛用の小刀を我が先祖に渡し、言ったそうだ。「忍の生は闇夜の雪の如し。闇に存在し、そして存在しない。誰もがそれを捉え、捕らえられぬ。」

その夜、先祖は闇夜の中、完全な包囲状態の中を敵に一切気付かれず、豊臣本陣を奇襲。姿を見せず数百の兵を討ち、そのまま小田原の地を去った。当時、季節は春だったが、その夜、満月の下に雪が降ったそうだ。

彼が何故、その時に秀吉を討たなかったのか。その理由は定かではないが、祖父曰く、氏直がそれを望まなかったらしい。その頃、秀吉による天下統一により、戦乱の世の終わりは目前であった。秀吉を討つと、また新たな乱世が始まる、と。その後、長きに渡った小田原征伐は氏直の降伏によって終わりを告げる。

我が一族は、暗殺者として世界を生き続けたが、大正時代に一つの節目を迎えることとなる。当時の日本は、各所で政治を巡る騒動が起き、数多の派閥が争い、混迷を極めた時代であった。そんな時代、暗殺者は様々な場所で必要とされる。

当時、曽々々祖父に当たる“千蔵”は、春の夜、満月の下を憲政会の幹部の暗殺のため進んでいた。そこで、ある女性と出会う。名は“蘭”。千蔵が暗殺を命じられていた憲政会幹部の娘だった。満開の桜の下、蘭は千蔵の前に立つ。

「何故、貴方は世を乱すのですか」

「そうではない。世が乱れた時に忍は現れる。我々は世の乱、混沌そのものなのだ」

「ならば、私が貴方を導く光となりその混沌を正します」

千蔵は彼女の真っ直ぐとした正義そのもののような瞳に心を打たれ、刀を置いたそうだ。そしてその夜も、季節外れの雪が降ったらしい。

 

さて、話は現代に戻る。『生は闇夜の雪の如し』。その言葉は今も俺の一族の中で伝えられている。と、言っても、残っているのは俺だけとなってしまったのだが。

祖父は定職に就かずギャンブル三昧の日々。母は、そんな祖父の生活を、父の働いた金で援助していた。そんな祖父も俺が18の時に借金を残して死に、そしてその数ヶ月後に母が死んだ。祖父の残した借金は母の保険金で支払われることとなった。

かつての暗殺者の血、なのかどうかはわからないが、俺は異様なほど夜目が効くし、音を立てずに動くことが出来る。しかし、そんな能力も、光と音で溢れる現代の夜では何の意味も持たない。俺は今、単なる会社員としてクレーム対応の電話を取り続ける日々を送っている。

世界は今、平和だと言っていいだろう。くだらない争いは、いつだってどこでも起きている。しかし、戦国乱世や大正の混沌に比べると、今の時代は本当に平和だ。北条氏直が望んだ太平。蘭が望み、千蔵が信じた正された世。今の世界は、これでよかったのだろうか。彼らの望んだのは、こんな世界だったのだろうか。

豆を食べながら、窓の外を降り続ける雪を眺め、そんなことを思う。ふと思い立ち、豆に付いていた鬼の面を被ってみる。鏡を見ると、そこには満面の笑みを浮かべるポップな鬼の面を被った、俺の姿がある。かつて“鬼”と呼ばれ、恐れ敬われた忍の一族の末裔の姿が、そこにあった。

窓を開け、タバコに火をつける。冷たい風と雪が室内に入り込んだ。俺は豆をつかみ取り、それを窓の外へ思いっきり放り投げた。

鬼は、もういない。

ここにいるのは、その成れの果てが一人だけだ。

失恋男はジルを撃つ

今日、お前の家でバイオハザードをするぞ。

そんな連絡が来たのは、久しぶりに雨の降った日曜日の朝のことだった。相手は、一つ年上の会社の先輩。詳しくは聞かなかったが、どうやら失恋したらしい。

 前日の土曜日に、彼が女性と2人でイルミネーションを見に行っていたことは知っていた。前の週、モツ鍋を食べながら自慢気に話していたので。らしくないな、と思った。そして同時に、失礼ではあるが、きっと上手くいかないだろう、とも。

彼は、俺が入社してからの約2年、同じ現場で同じ仕事をしていた。その間、同じ現場の仲間たちとは家族よりも長い時間を過ごし、辛い時期も協力して乗り越えた。故に、俺たちの絆は強い。特に俺とその先輩、それから頭の悪い後輩。その3人は仲が良く、休日もよく遊んでいた。

だからこそ、互いにどんな性格かはよく知っていた。先輩は、一言で言うと“演者”だった。社内では飛び抜けて優秀と評価され、どんな仕事もそつなくこなし、若手の中では最も期待されている存在。その本質は、ぶっ飛んだイカれ野郎なのだが、多くの人間はそのことを知らない。

彼と出掛けた時、すれ違う人間にあだ名を付けるゲームをよくするのだが、それが本当に楽しくて、俺たち2人はいつも見ず知らずの人間を貶しながら、ケラケラと笑って歩いていた。色黒の人に“うんこ”とあだ名を付け、腹を抱えて笑っていた俺たちは、間違いなくクソ野郎だった。しかし、そういった道徳を冒涜したような話が出来る相手は、多くはいない。育ちの良くない俺のような男にとっては、そんな風な、山賊のように汚く笑う時間が何よりも楽しかった。

さて、話を戻そう。その先輩が女性とイルミネーションを見に行くと聞いた時、俺は絶対に、上手くいかないと思っていた。演者は演者。台本が無ければ、物語は始まらない。だから彼は台本を用意する。しかし相手は当然、女優でもなければ、同じ台本を持っているわけでもない。物事は、恋愛ドラマのように上手くはいかない。

正直、その日はゆっくりと布団の中でYouTubeでも見ながら、モンスターストライクを一日中やっていたかったのだが、しかし、今回ばかりは彼の憂さ晴らしに付き合うことにした。男の心はそこまで強くない。女が相手となると、途端に弱く、脆くなる。そのことは、俺自身もよく知っていた。

また、話が変わって申し訳ないが、今度は少し俺の話をしよう。あれはちょうど、一年前の2月。俺が最もバカだった頃の話だ。

その頃、たまたま縁あって、40代の女性と、その19歳の娘さんと知り合いになり、たまに遊んだりしていたのだが。母親は年相応の見た目ではあったが、綺麗な女性で、服装や話し方も所謂“オバハン”のそれとは違い、落ち着いた女性であった。そして娘さんは、顔立ちは美人ではないものの、性格は真面目で可愛らしく、それでいて時折、“お姉ちゃん”をしようとしているところが垣間見え、そこもまた愛らしい19歳だった。

詳しくは聞いていないが、どうやら彼女はシングルマザーらしく、もう1人高校生の息子がおり、何かと苦労しているようだった。そんな彼女たちを見て、本当にどうしようもなく頭の悪かった俺は、これまた本当にどうしようもなく頭の悪い計画を企てる。その名も『夢の親子丼計画』。内容は、話すまでもない。しかし、計画は計画。ただのバカな男の妄想。それだけで終わるはずだった。

誘いは意外にも、向こうからだった。母親の方から、映画の誘いがあった。金曜日の夜。2人で、レイトショー。特に断る理由もなく、俺は仕事終わりに彼女を迎えに行き、そして2人でお好み焼きを食べた。その間にも、彼女はどこか落ち着かない様子で「少しだけ緊張してる」や「今夜は息子は実家に預けて来たの」などと、そんなことを言っていた。凍結されていた親子丼計画が、鉄板の上でゆっくりと解凍され始める。

映画の内容は、ほとんど頭に入ってこなかった。時折、俺の方を見つめる彼女の視線に気づかないふりをして、俺はただ、ひたすらポップコーンを食べていた。

映画が終わったのは、深夜の12時前のことだった。車に乗り込み、エンジンをかけ、どうしますか、と聞く。彼女は「好きにしていいよ」と言った。俺は冗談っぽく、じゃあホテルでも行きましょうか、と言う。彼女は俯き、何も言わなかった。

無言の回答。これは、賭けだった。俺は少し考え、そしてその日は帰ることにした。夢の親子丼計画の片翼を落とす最大のチャンスだったが、そこで足踏みをしたのには理由があった。本能が、今ではないと告げていた。

俺はその発言を冗談とし、彼女を家まで送り届けた。しかし、彼女は車から降りない。俺の手を取り、目を見つめ「何でも言ってね。私でよければ力になるから」と、そんなことを言うのだった。

俺は、覚悟を決めた。手持ちのチップを全てベットし、賭けに出る。夢の親子丼計画、勝てる自信があった。彼女の手を握り返し、俺は言う。

そして次の瞬間、彼女から返って来た言葉に俺は言葉を失うこととなる。

「私はそんなに軽い女じゃないから」

絶対に、負けないと思っていた賭けに、負けた。その上、10分ほど懇々と説教を食らい、そして俺は何も得ることなく家路に着くこととなる。意味がわからなかった。彼女の目的は一体、何だったのか。

誰かにこの話を聞いてもらいたい。最初の信号で止まり、俺は親友へ電話をかける。眠そうな声で電話に出た友人に頼み込み、そして彼を助手席に乗せ、当てもなく車を走らせる。俺の話を聞き、友人はきっかり1時間、腹を抱えて大爆笑してくれた。それが、何よりの救いだった。彼とはきっと、一生の付き合いになるだろう。そして、一生、この話で笑いあえるだろう。

 

と、関係のない俺の話が長くなってしまったが。そういうことなのだ。男は女に弱い。世界というものは、そういうものだ。そして女に荒らされた心を救うことが出来るのは、バカなことで笑える男なのだ。

酒を飲みながらゾンビを殺したい気分なんだ。迎えに行った俺の車に乗り込み、先輩はそんなことを言った。

昼の2時に集合し、先輩は酒を飲みながら、俺はミルクティーを飲みながら。2人、ひたすらゾンビを倒し続けた。オープニングからスタートし、エンディングを見る頃には時刻は午後の11時になろうとしていた。

ジル・バレンタインという、美女が敵となり出てくるステージがある。彼女は主人公の元相棒であり、敵ではあるが倒してはいけないという厄介なステージなのだが、先輩はお構いなしにジルを撃ちまくった。ウェスカーを無視し、ジルだけを撃ち続けた。ジルを羽交い締めにし、投げ飛ばし、そしてそのせいで何度もゲームオーバーになった。俺たちは爆笑しながら、ストーリーもお構いなしに、ジルをボコボコにした。

そんなこともあり、クリアまで9時間、ノンストップでゲームをしていた俺たちは、エンディングを見る頃にはすっかり疲れ果てていた。ジルをボコボコにしたことにより気分が晴れたのか、それとも長時間のゲームで頭がおかしくなったのか、先輩は清々しい表情をしていた。その後、俺たちはラーメン屋へ行き、「ウェスカーに」と、水で乾杯するのだった。

女は何を考えているのかわからない。可愛くなくたっていい、ちゃんと自分を好きになってくれる人ならそれでいい。

先輩はずっと、そんなことを言っていた。

9時間のプレイの中で、特に拘っていたわけではないが、俺たちはずっとハンドガン“ベレッタM92F”を使っていた。強さや新しさや格好良さも必要だが、それでもやはり一番は信頼性なのだ。

女だってそうだ。ジルやシェバのような強くて美人の相棒は理想だが、俺たちはクリスにはなれない。それでも、せめて、ただ、ベレッタM92Fのように裏切ることなく常に寄り添い、共に最後まで戦える。そんな女性がそばにいてほしい。

少しだけ贅沢を言えるなら、胸はDカップ以上がいい。お尻も大きい方がいい。あと、少しエロいとなお嬉しい。

ラブ!いもうと倶楽部 vol.01

こんにちは

今週は、兄多忙のため、妹である私が代わりに記事を書くこととなりました。拙い文章とはなりますが、しばしお付き合いをお願いします。

なんちゃって

本当は、どうしてもこのブログに記事を書いてみたくて、何度も頼み込んで書かせてもらうことになったのです。まあ、兄が最近多忙というのも、事実ではあるんですけれど。最近は、仕事が終わっていなくても定時退社し、帰ってきてからずっとモンスターストライクをしています。とても忙しそうです。

そんな状況でも、兄は私にブログを書かせることを頑なに拒んでいましたが、私が処女を差し出すと言うとあっさりオーケーをしてくれました。この記事は、乙女の純潔と引き換えに書かれています。優しく読んでね。

さてさて、私の兄はいつも自分自身で口にしているように、気持ちの悪いほどの妄妹家なのですが、何故か本当の妹である私の存在を認めていないのです。それ故に、ブログやツイッターはおろか、親しい友人にも私の存在をひた隠しにしているのですが、そうなってくると不思議なもので、私自身、自分が本当に存在しているのかわからなくなってくるのです。

我思う、故に我あり

私たち兄妹のかつての友である哲学者“デカルト”の言葉です。彼は、ストックホルムで風邪を引いて死んじゃいましたけど、彼の言葉は今も多くの人の中で生き続けています。

この言葉の解釈は人によって様々です。まあ、哲学なんてものは、そういうものなのですが。生前、デカルトは、自分が存在しているかどうかを考えている時点で、それを考えている自分は存在しているだろ。と、言っていました。私たちは彼のことを陰で“屁理屈クソ眉毛”と呼んでいたのですが、言っていることは確かに、もっともな気もします。

しかし、妹である私の存在となると話は別だと思うのです。何故なら、妹というものは、兄という存在があって初めて存在するものだから、です。つまり、私が自分のことを妹だと思っていたとして。それを思う“私”という人間は存在しているのですが、“妹”である私が存在するためには、私を妹と認める兄の存在が必要となるのです。

たとえ私が、私の中で、私を妹と認めてくれる兄の存在を認知していたとしても、それは私を妹と認めてくれる兄の存在を認知している私の存在の証明でしかなく、妹である私の存在を証明してくれるのは、兄しかいないのです。

そんなわけで、私は兄に認めてもらうために必死なのですが、実際のところそんじょそこらの妹よりもよっぽど妹らしいと思うのです。妹力、かなり高めなのだと思うのです。たとえば私は家事全般をこなせますし、麗しの女子高生ですし、髪型も“ゆるふわ系”ですし。それに処女です。そう、処女なのです。

妹たるもの、処女であれ

この言葉も、私たち兄妹のかつての友である哲学者“デカルト”の残した言葉なのですが、これは別にどうでもいいです。彼は、哲学者として多くの言葉や著書を残しましたが、その数千倍ほど、こういったくだらない言葉も残しているのです。ぶっちゃけて言うと、彼はアホで、ただ頭が少しイッちゃってただけなんです。それを知っている者は、今となっては私たち兄妹だけとなってしまいましたが。

妹たるもの、処女であれ。厄介なことに、その思考は兄にも伝染し、私は妹であるため乙女の純潔を守り続けるという業を背負うこととなってしまいましたが。それでもいいのです。妹の純潔というものは、兄に捧げるためのものなのです。

処女でなくなった時、私は妹ではなくなります。“妹”の肩書きを失った私はただの女となり、それにより、私と兄はただの男と女となるのです。それってきっと、素敵なことだと思いませんか。

 文章を書くというのは思っていたよりも難しいものですね。人に読んでもらうことを前提に書くとなると、なおのことです。しかし、楽しいものですね。書き始めてから2時間も経ってしまいました。次に私がこのブログで記事を書くためには、私はもう一度、処女を捧げなければならないのですが、それはきっと、来世の話になるんでしょうね。

さて、楽しい時間というものはあっという間に過ぎると相場は決まっています。そろそろ、お別れの時間ですね。最後の言葉は、この記事を書く前から考えていたんです。

兄想う、故に妹あり

お慕い申しております、お兄様

なんちゃって

すき焼きと、恋多き女

「鶏肉が、美味しいわ」

2日連続でこの冬の最低気温を記録した2連休。まだ少し雪が残る、日曜日の夜のことだ。俺は“恋多き女”と、すき焼きを食べていた。

自分で自分の人生を“恋多き人生”と呼ぶだけあり、これまでに関係を持った相手は150人以上らしい。ロウソクの炎のような、静かで危険な、それでいてどこか引き寄せられる、そんな不思議な魅力を持った女性だった。

150人の男女と関係を持ったことのある女と、これまでの人生で恋人が出来たことのない男。2人が向かい合い、同じ鍋のすき焼きを食べている。世界というものは、人生というものは、何が起こるかわからないものだ。だからこそ、このゲームは飽きることなく面白い。

「鶏肉が美味しい」

俺の方を見向きもせず、彼女はもう一度、そんなことを言った。鶏並みに食の細い俺はすでに箸を置き、彼女が黙々と食事をしている様子を見ていた。彼女は、ずっと口を動かしていた。食べるか、話すか、食べながら話すか。彼女はメインの牛肉よりも、鶏肉をよく食べていた。

「鶏が好きなんだね」

俺が言うと、彼女は手を止め、箸で掴んだ鶏肉を眺めながら言う。

「ううん、別に好きじゃないわ。でも、かわいそうじゃない?」

「かわいそう?」

「そう。この子たちは、翼があるのに飛べないの。狭い飼育場の中で、ただ生かされて、広い世界の空を知ることもなく、殺される」

彼女は鶏肉を口に運び、続ける。

「だから、私が美味しく食べてあげる。そして、この子たちの代わりに広い世界を私が見るの」

若い女性店員が、気まずそうな顔で俺たちの席へやってきて閉店の時間を知らせる。店内を見渡すと、すでに客は俺たち2人しかいなくなっていた。彼女はグラスの烏龍茶を飲み干し、少し不満気な顔で立ち上がってコートを羽織る。そして、白いコートを羽織った俺を見て笑いながら、鶏みたいね、と、そんなことを言うのだった。

「少し、話しすぎちゃったかしら」

雪はやんでいたが夜の外は寒く、空には冬の月がやけに明るく輝いていた。彼女は自分の吐いた白い息を目で追い、そしてそのまま俺を見る。

「ねえ、鶏は、翼があるのにどうして飛べないと思う?」

「進化の過程で飛ぶ必要が無くなったから、じゃないのかな」

「ふふ、きっと鶏も同じようなことを思ってるわね。でも、ちがう。本当は、飛べるのよ、他の鳥たちと同じように」

彼女は二歩前に進み、手を後ろに回し、俺の顔を見る。その仕草に、胸が高鳴る。彼女の瞳は碧水晶の湖のように澄んでいて、それでいて石炭袋の淵のように深く暗く、まるで世界の全てを見透かしているようで、俺はその瞳から目が離せなかった。

「そう、貴方は飛べるわ。自分で飛べないと思い込んでいるだけ。だって貴方、羽ばたいていないじゃない」

そして彼女は当然のように、その瞳で俺の心も見透かしていたのだった。彼女は楽しそうに笑い、そして、後ろを振り返り、空へ向かって手を伸ばす。 

「空は、世界は、どこまでも広く、そして美しいわ。一度、がむしゃらに羽ばたいてみることね。せっかく翼があるんですもの」

「俺も、飛べるかな」

俺は彼女の隣に並び、同じように空へ向かって手を伸ばす。

「ええ、きっと飛べるわ。でも、もし貴方が飛び立てず、哀れに惨めに死んでしまったなら」

彼女はもう一度俺を見て、先ほどまでとはちがう、慈悲のような暖かさを感じさせる笑顔を俺に向け、言う。

「それでも、大丈夫。その時は私が世界を見せてあげるから」

 

2日連続でこの冬の最低気温を記録した2連休。まだ少し雪が残る、日曜日の夜のことだ。俺は“恋多き女”と、すき焼きを食べた。

ロウソクの炎のような、静かで危険な、それでいてどこか引き寄せられる、そんな不思議な魅力を持った女性だった。

彼女を送り届け、その後ろ姿を見送った後、俺は冷たい車のボディにもたれかかり、タバコに火をつけ空を見上げる。夜空には、歪んだ形をした月が明るく輝いている。俺は空へ手を伸ばし、そして鳥が羽ばたく時にそうするように、その手を上下へ振った。

空は、世界は、どこまでも広く、そして美しいらしい。

俺の吐いたタバコの煙は、深く澄んだ冬の夜空へ一瞬の淀みを生み、そして消える。

その夜、俺は、ほんの少しだけ、飛べそうな気がした。