かきかたの本

書き方の練習

味無しクッキー“アイヌより愛を込めて”

スーパーマーケットのバレンタイン特設コーナー。真剣な表情で、チョコの手作りキットを選んでいる制服姿の女学生が一人。口元に指を当て、何度も箱を取っては戻しを繰り返す。そんな光景を見ながら俺は、日本もまだまだ捨てたものではないな、と、そんなことを思う。日本の女学生は、かわいい。誰がなんと言おうと、世界中のどの国の女学生よりも、だ。

日本のバレンタインデーは、おかしい。と、ここ数年で、そんな意見をよく聞くようになった。確かに、バレンタインデーというのは気になる人にチョコレートを渡して愛の告白をする日でも、友達同士でチョコレートを交換し合う日でも、好きでもない職場の人にデパートで適当に買ったチョコレートを渡す日でもない。愛する恋人と、愛を確かめる日だ。

日本人の悪いところは、異国のイベントを日本流に捉え、楽しいところだけをマネするところだと思う。クリスマスにキリストの生誕を祝う人間や、ハロウィンに豊作を願う人間は、この国にはほとんどいないだろう。しかし、俺は日本人のそういうところが嫌いじゃなかった。楽しいことは、素直に楽しめばいい。もちろん、日本のバレンタインデーも大好きだ。

俺は、チョコレートが好きだ。誰かに何かを貰うことが好きだ。それに何より、女の子が好きだ。女学生や美少女に限らず、女の子はみんな好きだ。そんな女の子たちが、勇気を出して、チョコレートと想いを贈る。そんな素敵な日が、日本にはある。

さて、俺自身にとっても、バレンタインデーは特別な日だった。以前、暗い学生時代を送っていたと話したことがあるが、そんな俺でもバレンタインデーにはチョコレートを貰っていた。貰っていたのだ。ふふふ、どうだ、悔しいか。

高校二年のバレンタインデーの話だ。その年、俺はなぜかやけにチヤホヤされており、バレンタインデーには十数人の女の子たちからチョコレートを貰っていた。と、言っても、当然の如く、大量生産の所謂“義理チョコ”というものだったのだが。それでも、女の子から手作りの何かを貰えるのはとても嬉しかった。

そんな中、仲は良かったが、チョコレートをくれなかった女の子がいた。小学校の社会の教科書に載っていた、アイヌの親子の父親によく似た女の子だった。アイヌの親子の父親によく似ているほどなので、顔はあまり可愛くはない。しかし、俺は彼女が嫌いではなかった。

昔から、目立つことやチヤホヤされることが好きだった俺は、生徒会やその他の活動で、人前に立って話すことが多かった。そんな俺のことを、彼女は、よく褒めてくれていた。教師や先輩、仲間、俺を褒めてくれる人たちは多くいた。しかし、彼女は他の人たちと違い、心のこもった言葉をくれていたように思う。

それは、きっと彼女が、俺と二人きりの時にだけ、俺のことを褒めてくれたからだろう。彼女は、俺が一人でいる時、駆け寄って来て「今日の発表、すごくよかったから」とだけ言い、そのままどこかへ駆けて行くような、そんな子だった。

さて、話はバレンタインデーに戻る。その年、十数個のチョコレートを貰って浮かれていた俺に、アイヌの親子の父親によく似た彼女は、申し訳なさそうに、俺に渡すチョコレートがないことを告白する。特に、気にはしなかった。他にもチョコレートをくれなかった子はいるし、それに俺はすでに十数個のチョコレートを貰っていたのだ。何より、彼女はバレンタインデーに意中の人にチョコレートを渡したり、友達同士で交換しあったりするような子ではなかった。

俺は落ち込んでいるふりをして、彼女に「来年は、待ってるから」と言った。彼女は、わかった、と言い、そしてまたどこかへ駆けて行くのだった。

翌年のバレンタインデーは、誰からもチョコレートを貰えなかった。高校三年の二月は、すでに自由登校期間だったこともあり、バレンタインデー当日は家でゲームをして過ごしていたように思う。

そして、次の登校日。バレンタインデーから数日が過ぎていたが、アイヌの親子の父親によく似た彼女は、約束通り、俺にお菓子をくれた。チョコレートではなく、クッキーだった。どうせ、チョコレートはたくさん貰っているだろうから、とのことだ。その年に貰ったのは、そのクッキーだけだった。

可愛らしい袋の中に、小さく、歪な形をしたクッキーがたくさん入っていた。特に何かの形をしているわけじゃない。彼女の不器用さが見え、微笑ましかった。一口、食べる。味がない。二口目。やはり味がない。三口目で、俺は自分の舌がおかしくないことを確信する。そのクッキーには、味がなかった。うまいまずいではない。味が、ないのだ。俺はぼんやりと、外を見ながら、無心で味無しクッキーを口に運び続けた。感情は、特になかった。

そんなこんなで、高校を卒業し、アイヌの親子の父親によく似た彼女と関わることもなくなったそんなある日。俺は仕事帰りに立ち寄ったラーメン屋で、彼女と再会することとなる。働き始めて2年目の春のことだった。

会社からの帰り道にあるラーメン屋。駐車場が狭かったので、入ることはなかったが、その日は残業で遅くなり、駐車場が空いていたこともあり、入ってみることにした。そしてそこで、アイヌの親子の父親によく似た彼女と再会する。彼女は、頭にバンダナを巻き、白いエプロンをして働いていた。一年ぶりに出会った彼女は、笑顔で、いらっしゃいと言う。可愛い、と、思った。

それから俺は、しばらく、そのラーメン屋に通うこととなる。正直、そこのラーメンはまずかった。値段も高いし、サイドメニューもチャーハンしかない。俺は、彼女に会うためだけにその店に通っていた。

彼女はいつも笑顔で、お疲れ様と、俺を迎えてくれた。一言二言、話をし、まずいラーメンを食う。チャキチャキと働く彼女の後ろ姿を見ながら、まずいラーメンを食う。それだけでよかった。いつしか、そのラーメン屋は、俺の帰る場所になっていた。

それから約一年、俺は職場が異動となり、仕事帰りにそのラーメン屋に通うことはなくなった。しばらくして、そのラーメン屋に再び行った時、アイヌの親子の父親によく似た彼女の姿はなくなっており、代わりに、バイト募集中の張り紙がされていた。彼女は、辞めてしまったのだろうか。アイヌに帰ってしまったのだろうか。俺は一人、まずいラーメンを食べながら、彼女へ連絡を取ろうとした。その時、連絡先に彼女の名前がないことに気づく。

使い古された言い回しであるが、無くして初めて気づくことがある。彼女とは、いつでも会えるのだと思っていた。彼女はいつも、アイヌの親子の父親によく似た笑顔で俺を出迎え、まずいラーメンを出し、俺の話を聞いてくれると思っていた。

今となってはもう、わからないが。俺はもしかしたら、彼女のことが、好きだったのかもしれない。

明日は、バレンタインデー。世界にハートとチョコレートが溢れる、特別な日。

アイヌの親子の父親によく似た彼女は、今年も誰かに、あの味のしないクッキーを渡すのだろうか。

俺はきっとまた、職場で、何の気持ちもないチョコレートを大量に貰うだろう。チョコレートは嫌いじゃないが、あの甘さは、多すぎると嫌になる。

遠く北の地に想いを馳せながら、たまには味のしないクッキーも悪くないな、と、そう思った。

雪、無音、窓辺にて、豆を

最近、自分がつまらない人間になったと感じることが多い。それはこの、何の変化もない“平和”な世界に適応してしまっているから、なのかもしれない。

仕事を終え、いつものようにコンビニで弁当を買う。ふとレジ横に目をやると、半額ワゴンに積まれた節分で売れ残った豆。その鬼の面と目があった。そこでようやく、2月ももう3分の1が終わってしまったことに気がつく。

節分で豆を撒かなくなったのは、いつからだろうか。そんなことを思いながら、俺は半額シールの貼られた豆を取り、レジへ差し出した。

コンビニを出ると、湿った雪が静かに降り始めていた。この冬は、よく雪が降る。静かな雪の夜は、ろくでなしの祖父がよく話していた先祖の物語を思い出す。かつて、俺の家系は“暗殺”を生業とする一族だった。

古くは戦国時代にまで遡る。北条家に仕えていた我が一族は、忍びとして、北条に仇なす数多の敵武将を暗殺し、戦場でも幾度となく仲間を救った。敵からは恐れを持って、味方からは信頼を込めて“北条子飼いの鬼一族”と呼ばれていた。北条最後の地、小田原城にて、豊臣の軍勢に囲まれ、いよいよその時を待つのみとなった時。北条氏直は愛用の小刀を我が先祖に渡し、言ったそうだ。「忍の生は闇夜の雪の如し。闇に存在し、そして存在しない。誰もがそれを捉え、捕らえられぬ。」

その夜、先祖は闇夜の中、完全な包囲状態の中を敵に一切気付かれず、豊臣本陣を奇襲。姿を見せず数百の兵を討ち、そのまま小田原の地を去った。当時、季節は春だったが、その夜、満月の下に雪が降ったそうだ。

彼が何故、その時に秀吉を討たなかったのか。その理由は定かではないが、祖父曰く、氏直がそれを望まなかったらしい。その頃、秀吉による天下統一により、戦乱の世の終わりは目前であった。秀吉を討つと、また新たな乱世が始まる、と。その後、長きに渡った小田原征伐は氏直の降伏によって終わりを告げる。

我が一族は、暗殺者として世界を生き続けたが、大正時代に一つの節目を迎えることとなる。当時の日本は、各所で政治を巡る騒動が起き、数多の派閥が争い、混迷を極めた時代であった。そんな時代、暗殺者は様々な場所で必要とされる。

当時、曽々々祖父に当たる“千蔵”は、春の夜、満月の下を憲政会の幹部の暗殺のため進んでいた。そこで、ある女性と出会う。名は“蘭”。千蔵が暗殺を命じられていた憲政会幹部の娘だった。満開の桜の下、蘭は千蔵の前に立つ。

「何故、貴方は世を乱すのですか」

「そうではない。世が乱れた時に忍は現れる。我々は世の乱、混沌そのものなのだ」

「ならば、私が貴方を導く光となりその混沌を正します」

千蔵は彼女の真っ直ぐとした正義そのもののような瞳に心を打たれ、刀を置いたそうだ。そしてその夜も、季節外れの雪が降ったらしい。

 

さて、話は現代に戻る。『生は闇夜の雪の如し』。その言葉は今も俺の一族の中で伝えられている。と、言っても、残っているのは俺だけとなってしまったのだが。

祖父は定職に就かずギャンブル三昧の日々。母は、そんな祖父の生活を、父の働いた金で援助していた。そんな祖父も俺が18の時に借金を残して死に、そしてその数ヶ月後に母が死んだ。祖父の残した借金は母の保険金で支払われることとなった。

かつての暗殺者の血、なのかどうかはわからないが、俺は異様なほど夜目が効くし、音を立てずに動くことが出来る。しかし、そんな能力も、光と音で溢れる現代の夜では何の意味も持たない。俺は今、単なる会社員としてクレーム対応の電話を取り続ける日々を送っている。

世界は今、平和だと言っていいだろう。くだらない争いは、いつだってどこでも起きている。しかし、戦国乱世や大正の混沌に比べると、今の時代は本当に平和だ。北条氏直が望んだ太平。蘭が望み、千蔵が信じた正された世。今の世界は、これでよかったのだろうか。彼らの望んだのは、こんな世界だったのだろうか。

豆を食べながら、窓の外を降り続ける雪を眺め、そんなことを思う。ふと思い立ち、豆に付いていた鬼の面を被ってみる。鏡を見ると、そこには満面の笑みを浮かべるポップな鬼の面を被った、俺の姿がある。かつて“鬼”と呼ばれ、恐れ敬われた忍の一族の末裔の姿が、そこにあった。

窓を開け、タバコに火をつける。冷たい風と雪が室内に入り込んだ。俺は豆をつかみ取り、それを窓の外へ思いっきり放り投げた。

鬼は、もういない。

ここにいるのは、その成れの果てが一人だけだ。

失恋男はジルを撃つ

今日、お前の家でバイオハザードをするぞ。

そんな連絡が来たのは、久しぶりに雨の降った日曜日の朝のことだった。相手は、一つ年上の会社の先輩。詳しくは聞かなかったが、どうやら失恋したらしい。

 前日の土曜日に、彼が女性と2人でイルミネーションを見に行っていたことは知っていた。前の週、モツ鍋を食べながら自慢気に話していたので。らしくないな、と思った。そして同時に、失礼ではあるが、きっと上手くいかないだろう、とも。

彼は、俺が入社してからの約2年、同じ現場で同じ仕事をしていた。その間、同じ現場の仲間たちとは家族よりも長い時間を過ごし、辛い時期も協力して乗り越えた。故に、俺たちの絆は強い。特に俺とその先輩、それから頭の悪い後輩。その3人は仲が良く、休日もよく遊んでいた。

だからこそ、互いにどんな性格かはよく知っていた。先輩は、一言で言うと“演者”だった。社内では飛び抜けて優秀と評価され、どんな仕事もそつなくこなし、若手の中では最も期待されている存在。その本質は、ぶっ飛んだイカれ野郎なのだが、多くの人間はそのことを知らない。

彼と出掛けた時、すれ違う人間にあだ名を付けるゲームをよくするのだが、それが本当に楽しくて、俺たち2人はいつも見ず知らずの人間を貶しながら、ケラケラと笑って歩いていた。色黒の人に“うんこ”とあだ名を付け、腹を抱えて笑っていた俺たちは、間違いなくクソ野郎だった。しかし、そういった道徳を冒涜したような話が出来る相手は、多くはいない。育ちの良くない俺のような男にとっては、そんな風な、山賊のように汚く笑う時間が何よりも楽しかった。

さて、話を戻そう。その先輩が女性とイルミネーションを見に行くと聞いた時、俺は絶対に、上手くいかないと思っていた。演者は演者。台本が無ければ、物語は始まらない。だから彼は台本を用意する。しかし相手は当然、女優でもなければ、同じ台本を持っているわけでもない。物事は、恋愛ドラマのように上手くはいかない。

正直、その日はゆっくりと布団の中でYouTubeでも見ながら、モンスターストライクを一日中やっていたかったのだが、しかし、今回ばかりは彼の憂さ晴らしに付き合うことにした。男の心はそこまで強くない。女が相手となると、途端に弱く、脆くなる。そのことは、俺自身もよく知っていた。

また、話が変わって申し訳ないが、今度は少し俺の話をしよう。あれはちょうど、一年前の2月。俺が最もバカだった頃の話だ。

その頃、たまたま縁あって、40代の女性と、その19歳の娘さんと知り合いになり、たまに遊んだりしていたのだが。母親は年相応の見た目ではあったが、綺麗な女性で、服装や話し方も所謂“オバハン”のそれとは違い、落ち着いた女性であった。そして娘さんは、顔立ちは美人ではないものの、性格は真面目で可愛らしく、それでいて時折、“お姉ちゃん”をしようとしているところが垣間見え、そこもまた愛らしい19歳だった。

詳しくは聞いていないが、どうやら彼女はシングルマザーらしく、もう1人高校生の息子がおり、何かと苦労しているようだった。そんな彼女たちを見て、本当にどうしようもなく頭の悪かった俺は、これまた本当にどうしようもなく頭の悪い計画を企てる。その名も『夢の親子丼計画』。内容は、話すまでもない。しかし、計画は計画。ただのバカな男の妄想。それだけで終わるはずだった。

誘いは意外にも、向こうからだった。母親の方から、映画の誘いがあった。金曜日の夜。2人で、レイトショー。特に断る理由もなく、俺は仕事終わりに彼女を迎えに行き、そして2人でお好み焼きを食べた。その間にも、彼女はどこか落ち着かない様子で「少しだけ緊張してる」や「今夜は息子は実家に預けて来たの」などと、そんなことを言っていた。凍結されていた親子丼計画が、鉄板の上でゆっくりと解凍され始める。

映画の内容は、ほとんど頭に入ってこなかった。時折、俺の方を見つめる彼女の視線に気づかないふりをして、俺はただ、ひたすらポップコーンを食べていた。

映画が終わったのは、深夜の12時前のことだった。車に乗り込み、エンジンをかけ、どうしますか、と聞く。彼女は「好きにしていいよ」と言った。俺は冗談っぽく、じゃあホテルでも行きましょうか、と言う。彼女は俯き、何も言わなかった。

無言の回答。これは、賭けだった。俺は少し考え、そしてその日は帰ることにした。夢の親子丼計画の片翼を落とす最大のチャンスだったが、そこで足踏みをしたのには理由があった。本能が、今ではないと告げていた。

俺はその発言を冗談とし、彼女を家まで送り届けた。しかし、彼女は車から降りない。俺の手を取り、目を見つめ「何でも言ってね。私でよければ力になるから」と、そんなことを言うのだった。

俺は、覚悟を決めた。手持ちのチップを全てベットし、賭けに出る。夢の親子丼計画、勝てる自信があった。彼女の手を握り返し、俺は言う。

そして次の瞬間、彼女から返って来た言葉に俺は言葉を失うこととなる。

「私はそんなに軽い女じゃないから」

絶対に、負けないと思っていた賭けに、負けた。その上、10分ほど懇々と説教を食らい、そして俺は何も得ることなく家路に着くこととなる。意味がわからなかった。彼女の目的は一体、何だったのか。

誰かにこの話を聞いてもらいたい。最初の信号で止まり、俺は親友へ電話をかける。眠そうな声で電話に出た友人に頼み込み、そして彼を助手席に乗せ、当てもなく車を走らせる。俺の話を聞き、友人はきっかり1時間、腹を抱えて大爆笑してくれた。それが、何よりの救いだった。彼とはきっと、一生の付き合いになるだろう。そして、一生、この話で笑いあえるだろう。

 

と、関係のない俺の話が長くなってしまったが。そういうことなのだ。男は女に弱い。世界というものは、そういうものだ。そして女に荒らされた心を救うことが出来るのは、バカなことで笑える男なのだ。

酒を飲みながらゾンビを殺したい気分なんだ。迎えに行った俺の車に乗り込み、先輩はそんなことを言った。

昼の2時に集合し、先輩は酒を飲みながら、俺はミルクティーを飲みながら。2人、ひたすらゾンビを倒し続けた。オープニングからスタートし、エンディングを見る頃には時刻は午後の11時になろうとしていた。

ジル・バレンタインという、美女が敵となり出てくるステージがある。彼女は主人公の元相棒であり、敵ではあるが倒してはいけないという厄介なステージなのだが、先輩はお構いなしにジルを撃ちまくった。ウェスカーを無視し、ジルだけを撃ち続けた。ジルを羽交い締めにし、投げ飛ばし、そしてそのせいで何度もゲームオーバーになった。俺たちは爆笑しながら、ストーリーもお構いなしに、ジルをボコボコにした。

そんなこともあり、クリアまで9時間、ノンストップでゲームをしていた俺たちは、エンディングを見る頃にはすっかり疲れ果てていた。ジルをボコボコにしたことにより気分が晴れたのか、それとも長時間のゲームで頭がおかしくなったのか、先輩は清々しい表情をしていた。その後、俺たちはラーメン屋へ行き、「ウェスカーに」と、水で乾杯するのだった。

女は何を考えているのかわからない。可愛くなくたっていい、ちゃんと自分を好きになってくれる人ならそれでいい。

先輩はずっと、そんなことを言っていた。

9時間のプレイの中で、特に拘っていたわけではないが、俺たちはずっとハンドガン“ベレッタM92F”を使っていた。強さや新しさや格好良さも必要だが、それでもやはり一番は信頼性なのだ。

女だってそうだ。ジルやシェバのような強くて美人の相棒は理想だが、俺たちはクリスにはなれない。それでも、せめて、ただ、ベレッタM92Fのように裏切ることなく常に寄り添い、共に最後まで戦える。そんな女性がそばにいてほしい。

少しだけ贅沢を言えるなら、胸はDカップ以上がいい。お尻も大きい方がいい。あと、少しエロいとなお嬉しい。

ラブ!いもうと倶楽部 vol.01

こんにちは

今週は、兄多忙のため、妹である私が代わりに記事を書くこととなりました。拙い文章とはなりますが、しばしお付き合いをお願いします。

なんちゃって

本当は、どうしてもこのブログに記事を書いてみたくて、何度も頼み込んで書かせてもらうことになったのです。まあ、兄が最近多忙というのも、事実ではあるんですけれど。最近は、仕事が終わっていなくても定時退社し、帰ってきてからずっとモンスターストライクをしています。とても忙しそうです。

そんな状況でも、兄は私にブログを書かせることを頑なに拒んでいましたが、私が処女を差し出すと言うとあっさりオーケーをしてくれました。この記事は、乙女の純潔と引き換えに書かれています。優しく読んでね。

さてさて、私の兄はいつも自分自身で口にしているように、気持ちの悪いほどの妄妹家なのですが、何故か本当の妹である私の存在を認めていないのです。それ故に、ブログやツイッターはおろか、親しい友人にも私の存在をひた隠しにしているのですが、そうなってくると不思議なもので、私自身、自分が本当に存在しているのかわからなくなってくるのです。

我思う、故に我あり

私たち兄妹のかつての友である哲学者“デカルト”の言葉です。彼は、ストックホルムで風邪を引いて死んじゃいましたけど、彼の言葉は今も多くの人の中で生き続けています。

この言葉の解釈は人によって様々です。まあ、哲学なんてものは、そういうものなのですが。生前、デカルトは、自分が存在しているかどうかを考えている時点で、それを考えている自分は存在しているだろ。と、言っていました。私たちは彼のことを陰で“屁理屈クソ眉毛”と呼んでいたのですが、言っていることは確かに、もっともな気もします。

しかし、妹である私の存在となると話は別だと思うのです。何故なら、妹というものは、兄という存在があって初めて存在するものだから、です。つまり、私が自分のことを妹だと思っていたとして。それを思う“私”という人間は存在しているのですが、“妹”である私が存在するためには、私を妹と認める兄の存在が必要となるのです。

たとえ私が、私の中で、私を妹と認めてくれる兄の存在を認知していたとしても、それは私を妹と認めてくれる兄の存在を認知している私の存在の証明でしかなく、妹である私の存在を証明してくれるのは、兄しかいないのです。

そんなわけで、私は兄に認めてもらうために必死なのですが、実際のところそんじょそこらの妹よりもよっぽど妹らしいと思うのです。妹力、かなり高めなのだと思うのです。たとえば私は家事全般をこなせますし、麗しの女子高生ですし、髪型も“ゆるふわ系”ですし。それに処女です。そう、処女なのです。

妹たるもの、処女であれ

この言葉も、私たち兄妹のかつての友である哲学者“デカルト”の残した言葉なのですが、これは別にどうでもいいです。彼は、哲学者として多くの言葉や著書を残しましたが、その数千倍ほど、こういったくだらない言葉も残しているのです。ぶっちゃけて言うと、彼はアホで、ただ頭が少しイッちゃってただけなんです。それを知っている者は、今となっては私たち兄妹だけとなってしまいましたが。

妹たるもの、処女であれ。厄介なことに、その思考は兄にも伝染し、私は妹であるため乙女の純潔を守り続けるという業を背負うこととなってしまいましたが。それでもいいのです。妹の純潔というものは、兄に捧げるためのものなのです。

処女でなくなった時、私は妹ではなくなります。“妹”の肩書きを失った私はただの女となり、それにより、私と兄はただの男と女となるのです。それってきっと、素敵なことだと思いませんか。

 文章を書くというのは思っていたよりも難しいものですね。人に読んでもらうことを前提に書くとなると、なおのことです。しかし、楽しいものですね。書き始めてから2時間も経ってしまいました。次に私がこのブログで記事を書くためには、私はもう一度、処女を捧げなければならないのですが、それはきっと、来世の話になるんでしょうね。

さて、楽しい時間というものはあっという間に過ぎると相場は決まっています。そろそろ、お別れの時間ですね。最後の言葉は、この記事を書く前から考えていたんです。

兄想う、故に妹あり

お慕い申しております、お兄様

なんちゃって

すき焼きと、恋多き女

「鶏肉が、美味しいわ」

2日連続でこの冬の最低気温を記録した2連休。まだ少し雪が残る、日曜日の夜のことだ。俺は“恋多き女”と、すき焼きを食べていた。

自分で自分の人生を“恋多き人生”と呼ぶだけあり、これまでに関係を持った相手は150人以上らしい。ロウソクの炎のような、静かで危険な、それでいてどこか引き寄せられる、そんな不思議な魅力を持った女性だった。

150人の男女と関係を持ったことのある女と、これまでの人生で恋人が出来たことのない男。2人が向かい合い、同じ鍋のすき焼きを食べている。世界というものは、人生というものは、何が起こるかわからないものだ。だからこそ、このゲームは飽きることなく面白い。

「鶏肉が美味しい」

俺の方を見向きもせず、彼女はもう一度、そんなことを言った。鶏並みに食の細い俺はすでに箸を置き、彼女が黙々と食事をしている様子を見ていた。彼女は、ずっと口を動かしていた。食べるか、話すか、食べながら話すか。彼女はメインの牛肉よりも、鶏肉をよく食べていた。

「鶏が好きなんだね」

俺が言うと、彼女は手を止め、箸で掴んだ鶏肉を眺めながら言う。

「ううん、別に好きじゃないわ。でも、かわいそうじゃない?」

「かわいそう?」

「そう。この子たちは、翼があるのに飛べないの。狭い飼育場の中で、ただ生かされて、広い世界の空を知ることもなく、殺される」

彼女は鶏肉を口に運び、続ける。

「だから、私が美味しく食べてあげる。そして、この子たちの代わりに広い世界を私が見るの」

若い女性店員が、気まずそうな顔で俺たちの席へやってきて閉店の時間を知らせる。店内を見渡すと、すでに客は俺たち2人しかいなくなっていた。彼女はグラスの烏龍茶を飲み干し、少し不満気な顔で立ち上がってコートを羽織る。そして、白いコートを羽織った俺を見て笑いながら、鶏みたいね、と、そんなことを言うのだった。

「少し、話しすぎちゃったかしら」

雪はやんでいたが夜の外は寒く、空には冬の月がやけに明るく輝いていた。彼女は自分の吐いた白い息を目で追い、そしてそのまま俺を見る。

「ねえ、鶏は、翼があるのにどうして飛べないと思う?」

「進化の過程で飛ぶ必要が無くなったから、じゃないのかな」

「ふふ、きっと鶏も同じようなことを思ってるわね。でも、ちがう。本当は、飛べるのよ、他の鳥たちと同じように」

彼女は二歩前に進み、手を後ろに回し、俺の顔を見る。その仕草に、胸が高鳴る。彼女の瞳は碧水晶の湖のように澄んでいて、それでいて石炭袋の淵のように深く暗く、まるで世界の全てを見透かしているようで、俺はその瞳から目が離せなかった。

「そう、貴方は飛べるわ。自分で飛べないと思い込んでいるだけ。だって貴方、羽ばたいていないじゃない」

そして彼女は当然のように、その瞳で俺の心も見透かしていたのだった。彼女は楽しそうに笑い、そして、後ろを振り返り、空へ向かって手を伸ばす。 

「空は、世界は、どこまでも広く、そして美しいわ。一度、がむしゃらに羽ばたいてみることね。せっかく翼があるんですもの」

「俺も、飛べるかな」

俺は彼女の隣に並び、同じように空へ向かって手を伸ばす。

「ええ、きっと飛べるわ。でも、もし貴方が飛び立てず、哀れに惨めに死んでしまったなら」

彼女はもう一度俺を見て、先ほどまでとはちがう、慈悲のような暖かさを感じさせる笑顔を俺に向け、言う。

「それでも、大丈夫。その時は私が世界を見せてあげるから」

 

2日連続でこの冬の最低気温を記録した2連休。まだ少し雪が残る、日曜日の夜のことだ。俺は“恋多き女”と、すき焼きを食べた。

ロウソクの炎のような、静かで危険な、それでいてどこか引き寄せられる、そんな不思議な魅力を持った女性だった。

彼女を送り届け、その後ろ姿を見送った後、俺は冷たい車のボディにもたれかかり、タバコに火をつけ空を見上げる。夜空には、歪んだ形をした月が明るく輝いている。俺は空へ手を伸ばし、そして鳥が羽ばたく時にそうするように、その手を上下へ振った。

空は、世界は、どこまでも広く、そして美しいらしい。

俺の吐いたタバコの煙は、深く澄んだ冬の夜空へ一瞬の淀みを生み、そして消える。

その夜、俺は、ほんの少しだけ、飛べそうな気がした。

剛力彩芽を忘れない

その日俺は、自分の死に方を考えていた。

別に、死にたいと思うほど辛いことがあったわけではない。ただ、退屈だったのだ。毎日、会社に行き、朝から晩まで面白くもない仕事をし、家に帰れば疲れて眠るだけの日々の繰り返し。目指すものも、守る者もなく、幸せでも不幸でもない退屈な日々。その中で俺は、生きる意味を失っていた。

四年前。学生だった頃の俺は、作家になることを夢見て、ずっと、様々な物語を書いていた。その頃の俺は、夢と野心に満ち溢れていた。自分が小説で賞を取った時、インタビューで何を話すか。いつも、そんなことを考えていた。大学に行かず就職を決めた時も、働きながら物語を書き、一本当てて仕事を辞めるつもりだった。

しかし、現実はそんなに甘いものではない。働きながら物語を書き続けて数ヶ月。俺は自分の才能の無さを思い知った。それは、文章を書く才能や物語を考える才能ではない。俺に足りなかったのは、目標に向けて努力する才能だった。俺は、仕事を言い訳にし、次第に物語を書かなくなっていった。そしていつの日か、俺は物語を書くことが出来なくなった。

それからの俺の人生は、まるで消化試合のような、ただ日々を過ごすだけのものとなった。昔から、自分が作家になることしか考えていなかった。それ以外の生き方を考えたことがなかった。その癖、言い訳ばかりで努力をしてこなかった俺には、きっと何かを目指す資格なんて無いのだと思う。

退屈な人生を続けることに飽き飽きしていた。どうせなら、死ぬ時くらいは面白く死んでやろう。ただ、人に迷惑はかけたくない。散々調べた挙句、面白そうという理由で俺は、感電死を選ぶことにした。コンセントとスマホの充電コードに細工をする。準備は5分ほどで整った。

つまんねぇ人生だったなぁ。

部屋の冷たいフローリングに仰向けに転がり、無機質な天井を見上げて呟く。死に際に思い出す記憶もなく、最後に会いたい人もいない。本当に、つまらない人生だった。

はい、ありがとうございました。

誰に言うわけでもなく呟き、俺はコンセントを穴に差し込んだ。瞬間、コンセントを持つ腕に激痛が走り、同時に、視界が闇に包まれる。意識が遠のいていくのを感じる。そうして、俺の短く退屈な人生は終わりを告げる。はずだった。

 

気づくと俺は、無機質な白い部屋の中心で仰向けに寝ていた。何故か、パジャマのような白い服に着替えている。こういった場合、部屋の布団の中とか、病室とか、そういった場所で目覚めそうなものだが。しかし、その部屋は、立方体で、各壁に扉がある以外は何もない部屋だった。電気はあるように見えないが、部屋全体が不気味に白く光っている。

やっと目覚めたのね。

ハスキーな声に顔を上げると、そこには、俺と同じ白い服を着た若い女性の姿があった。俺は彼女を、知っている。俺だけじゃない、テレビを見たことがある人なら、ほとんどが彼女のことを知っているはずだ。

剛力彩芽さん、ですか?

そう言いたかったが、喉がカラカラで声が出ない。そんな俺の様子を見て、彩芽は、ペットボトルの水を差し出してくれた。俺はその、見たことのないラベルの貼られた水を飲み、息をつく。

ここはどこです、俺はどうなるんですか?

うーん、何から説明したらいいのかな。

彩芽は少し困った顔で答える。

ここは“死者の選択の間”らしいの。死を前にした者はここに連れて来られ、そして選択される。死にふさわしいかどうか。

ちょっと待ってくれ、意味がわからない。誰が俺をここに連れてきて、その、死の選択ってのをするって言うんだ。それに、俺の死を、どうして誰かに選択されなくちゃならない。自分で選択したんだ、それで十分だろう。

まくし立てるように言う俺を、彩芽は悲しそうに真っ直ぐに見つめる。俺は我に帰り、小さく、ごめん、と言った。

いいの、そんな風になるのも仕方ないわ。

あの、あなたもここにいるということは、その。

ええ、私も死の淵に立たされている。というか、もう死んでるようなものだけどね。

彩芽は照れたように笑い、言う。

私は、歌手としての剛力彩芽。みんなに忘れられ、今、消えようとしている存在。

歌手としての、剛力彩芽

そう、私は剛力彩芽であって、剛力彩芽ではないの。

彩芽は両手を広げ、大きく息を吸う仕草をする。

あなたの知ってる剛力彩芽は、実は三人いるの。雑誌に出ているモデルとしての剛力彩芽。ドラマやバラエティに出ている女優としての剛力彩芽。そして私、歌手としての剛力彩芽

どういうことだろう。よく意味がわからないが、今、俺の目の前にいるのは、テレビや雑誌に出ているモデルや女優としての剛力彩芽ではなく、既に消えかけている歌手としての剛力彩芽らしい。こんな非現実的な状況だ。そんなことが起こったって仕方ない。ようやく冷静に、というよりかはヤケクソに、思考ができるようになってきた。俺は部屋の真ん中で胡座をかき、そして、彩芽を見上げて言う。

それで、俺はこれからどうすればいい。

彩芽はいつもの笑顔で俺の隣に座り、そして話し始める。この特殊な空間の存在理由と、俺と彩芽がここに連れて来られた意味を。

 

彩芽の話によると、この場所は“死者の選択の間”と呼ばれる、現世とあの世の狭間に存在している空間らしい。死を目前にした人間が連れて来られ、何者かがその死を選択するために存在している。その選択方法は単純なのか複雑なのかよくわからない。今の部屋のように、各壁に扉がある部屋が延々と続いており、選択される側の人間は自由に入りたい扉を選びながら進んで行く。そして、最後に、生か死か、どちらかの扉に辿り着くというのだ。

彩芽は、この話を“前任者”に聞いたらしい。その前任者は、彩芽と共に部屋を進み、そして最後、死の扉を選びこの空間から去ったという。

とにかく、俺たちは生きるにしても死ぬにしても、扉を進むしかないってことか。

そういうこと。

話し疲れていた彩芽に、今度は俺がペットボトルの水を差し出す。彩芽は嬉しそうに笑い、間接キッスだ、と言うのだった。

俺たちは、とりあえず先に進むことにした。いくつかの部屋を進み、そしてこの空間の特性を理解する。各部屋のうち、いくつかには何かしらの仕掛けがあり、その多くは、精神的な物であった。高校時代に俺が使っていた机と椅子が置かれた部屋。昔飼っていた猫がただこちらを見ているだけの部屋。好きだった女の子が全裸で俺のことを呼ぶ部屋。知らない人が血まみれで横たわっている部屋(それは、彩芽の知っている人のようだった。)

中でも辛かったのは、俺の考えた物語が書かれた原稿用紙が部屋中に散らばっていた部屋だった。その多くは、俺が書いている途中で挫折し、書き切れなかったものだ。俺はその一枚一枚を拾い上げ、読み、そして、夢と希望に溢れていたあの頃を思い出す。いつの間にか俺は、泣いていた。彩芽は何も言わず、涙を流す俺を優しく抱き寄せ、大丈夫、と言ってくれた。俺は彩芽の胸に顔を埋め、子どものように泣いた。

死の選択者は、何が目的でこういったことをするのかわからなかった。ただ、そういった仕掛けもあり、20部屋ほど進んだ頃には、俺も彩芽も疲れきっていた。

ボーナス部屋のようなものなのだろうか、ペットボトルの水と缶詰のパンだけが大量に置かれた部屋に辿り着き、俺たちはそこで休むことにした。2人、部屋の壁にもたれるように座り、天井を見つめる。

さっきは、ごめん。

俺が言うと、彩芽は恥ずかしそうに笑う。

いいよ、誰だって、辛い過去はあるものだから。

この特殊な空間に来てから、何時間が経っただろうか。俺は、彩芽の存在に本当に助けられていた。もし、彼女がいなければ、俺は気が狂いどうにかなってしまっていただろう。

初めて出会った時に言っていたけど、あなたは、自分で死を選択したの?

彩芽は、小さく言い、そして慌てて、言いたくなかったらいいから、と続ける。

そう、俺は自殺したんだ。自分のつまらない人生に、飽き飽きしてさ。

俺は彩芽に話す。昔は作家になりたかったこと。自分が、努力もせず、言い訳ばかりのくだらない人間であること。夢を諦め、ただ生きるだけの人生にうんざりしていたこと。自分から、死を選択したこと。

彩芽は何も言わず、ジッと俺を見つめ、話を聞いてくれた。それだけで、俺は救われた気がした。

私もね、と、彩芽は話し始める。 

私も、昔から歌手になることが夢だったの。子どもの頃、テレビで見てた歌って踊れるアイドルに、いつか自分もなりたいって、そう思ってた。モデルになって、色んな人に支えられて、女優としての仕事も貰えるようになって、それでも、歌手になりたいって思ってた。それって、贅沢なんだけどね。事務所や業界の色んな人に頼んで、無理を言って、それでようやく、歌わせてもらえることになったんだ。嬉しかったなあ。

そう言った彩芽の顔は、どこか寂しげだった。その話は、意外なものだった。彼女の歌は、お世辞にも上手いものではなかったし、世間の評価も厳しいものだった。俺はてっきり、偉い人に話題作りとして無理矢理、歌手活動をさせられていたものだと思っていた。

今じゃ、こんなザマだけどね。

そう言って、彼女は悲しそうに笑う。俺は、何も言えなかった。

俺たちは、缶詰の入っていたダンボールを床に敷き、2人で寄り添うようにして眠った。こんな意味のわからない状況ではあったが、彩芽が隣に居るだけで、これまでに感じたことのないほどの安心感の中で眠ることが出来た。

食事をして眠ったことにより、疲れはだいぶマシになった。元気になった俺たちは、再び進むことにした。扉を開く時、どちらからでもなく、手を繋ぐ。

私たち、もっと別の形で出会えていたら、きっと友達になれたのにね。

今からでも遅くないさ。ここから生きて出て、もう一度やり直そう。

彩芽は顔を伏せ、そして小さく頷く。彼女と共に過ごすうちに、俺は生きたくなっていた。彼女と一緒なら、きっと俺の退屈な人生も、楽しいものになる。だから。

次の部屋を開けた時、彩芽が短い悲鳴を上げる。部屋に居たのは、スーツ姿の男女だった。俺の知らない人間、ということは、彩芽の記憶に関係する人物なのだろう。

まったく、何が歌手になりたいだよ。

ほんと、歌も下手くそ、踊りも覚えれない、フォローする私たちのことも考えてほしいわ。

なるほど、どうやら彼らは、歌手としての彼女の関係者なのだろう。そして恐らくこれは、彩芽の辛かった記憶。

どうして上は、あんな女を押すんだ?

もっと他の可愛い女の子たちにチャンスをあげるべきよ。

彩芽は俺の後ろで耳を塞ぎ、小さく震えている。

ま、ユーザーはもうわかってるさ。あいつはすぐ消える。それまでの辛抱だ。

やめて!

彩芽が叫ぶ。俺は彼女の肩を抱き、足早に部屋を抜ける。次の部屋は、幸いなことに、何の仕掛けもない部屋だった。彩芽は耳を塞いだまましゃがみ込み、小さく、やめて、と呟いている。俺は彼女を抱き寄せ、落ち着くまでその背中を撫で続けた。

ほんと、ダメだな私。

ようやく落ち着いた頃、彩芽は俺の膝の上に座り、そんなことを言った。

ワガママ言って、自分だけやりたいことをやって。周りの批判なんて考えもしなかった。みんな、応援してくれると思ってた。でも、

もういい。

でも、結果はわかりきってた。わかってないのは、私だけだった。みんなに批判されて、笑われて、それでようやく気づいたの。そして自分だけ傷ついた気持ちになって、

もういいって言ってるだろ。

俺は言い、彼女をもう一度、強く抱きしめた。こんな訳もわからない、生きてるか死んでるかもわからないような状況の中で、昔の記憶で傷つくことなんてないんだ。

俺たちはその後も、幾つかの部屋を進んで行った。互いに支え、励まし合いながら。しばらく進むと、仕掛けのある部屋が少なくなってきた。俺たちは、互いに口数も少なくなる。終わりの時が近い。2人ともなんとなく、それを感じていた。そんな時

あなたの書く物語、私、好きだよ。

彩芽がそんなことを言った。

ぼんやりとした、淡い夢の中を歩いているみたいで、そう、まるで今みたいな。優しくて、どこか懐かしい気持ちになれるから。

そんな風に言ってもらえたのは、初めてだった。そして、また物語を書きたいと、そう思った。早く生きて帰りたい。新しい物語を、彼女に読ませてあげたい。

そして俺たちは、辿り着いた。

その部屋は他の部屋と違い、扉は一つしかなかった。その扉からは、光が漏れている。それが、“生の選択の扉”であることは、直感でわかった。

さあ、行こう、2人でやり直すんだ。

俺は、彩芽の手を取り、駆け出す。扉を開いた時、彩芽の手が俺の手から離れた。

ダメ、私は、ここから先には行けないみたい。

な、何を言ってるんだ、ほら、早く。

掴もうとした彩芽の手を、俺の手はすり抜ける。まるで、そこに何もないかのように。

これが、選択の結果みたいね。

そんな、嫌だ、彩芽がいないなら、俺の生きる意味なんてない。

ふふ、大丈夫。

彩芽は笑い、俺を抱き寄せようとするが、その手も俺の身体をすり抜ける。それでも構わず、彼女は話し続けた。

私は3人いるって言ったでしょ。歌手としての剛力彩芽が死んでも、モデルや女優としての剛力彩芽は生き続けるの。彼女たちは、私と同じ。だから、きっと仲良く出来るよ。

そんなの無理だ。モデルや、女優と知り合いになんてなれるわけない。

大丈夫、あなたならきっと、夢を叶えられる。物語を書いて、有名になれば、きっといつか出会えるから。

その時が、近いらしい。扉の向こう側から、見えない何かが俺の身体を引っ張る。

俺、絶対、彩芽のこと忘れない。帰ったら彩芽の歌を聴くし、友達みんなにも聴かせる。絶対、君のこと忘れさせない、君を死なせない。

俺は、泣きながら叫んだ。彩芽も、笑いながら、泣いていた。

ありがとう、俺に生きる選択をさせてくれて。

全身が光に包まれ、扉の向こうの彩芽の姿が徐々に見えなくなる。俺は何度も何度も、ありがとうと叫び続けた。暖かい光の中、遠くに歌声が聞こえた。

 

ねえ 君はもう 友達じゃない

友達より 大事な人

心と心で話す魔法 そう目を見れば分かる

「ありがとう」じゃ 足りないほど

「ありがとう」が あふれてるよ

神様がくれた 最高のタカラモノ

世界一のMy Friend

 

目が覚めると、そこは俺の部屋だった。自殺未遂をする前と同じ、仰向けの姿勢で。窓の外から、夕陽が見える。どうやら、気を失っていたのは数時間のようだ。頭が痛い、電流が流れたせいか、未だに身体が小刻みに震えている。長い、夢を見ていたような気がする。

起き上がろうとした俺は、バランスを崩し、部屋の端に置かれた棚に倒れかかった。棚の上に並べていたCDがバラバラと落ちる。

ああ、ちくしょう。

落ちたCDを拾い上げ、俺は手を止めた。それは、昔、友人と勝負で負けた罰ゲームとして買った、剛力彩芽のCDだった。あの頃、俺は歌手としての彼女をバカにしていた。でも、今は違う。俺はフラフラと立ち上がり、CDの封を切り、プレーヤーへ入れる。懐かしい彼女の歌声が、部屋に流れる。

しばらく彼女の声を聞いた後、俺は机に座り、引き出しからペンと原稿用紙を取り出した。久しぶりに書く物語だ。上手く書けるかどうかはわからない。でも、俺は今、書きたいんだ。

ねえ 君はもう 友達じゃない

友達より 大事な人

彼女の歌を口ずさみながら、俺はペンを手に取る。一度死に、そして生き返った俺の、最初の物語。これは、俺と彼女の、淡い夢の中を歩いているような、そんな物語。

書き出しは、こうだ。

その日俺は、自分の死に方を考えていた。

帰路

連休が終わる。俺は、何処へ帰るのだろうか。

この大型連休を利用し、数年ぶりに家族旅行へ行った。と、言っても、車で1時間ほどの距離のテーマパークであり、わざわざホテルを予約してまで行くものでもなかったのだが。姉夫婦と兄夫婦、それから子どもたち。合計10人の大所帯。気分を楽しむものだ、と、親父は言っていた。

いつからか、家族というものに対して、嫌悪感にも似たような、そんな感覚を持つようになっていた。それは、母親が死んだ頃からだろうか。厳格で怖かった父は、母親の死を境に、へなちょこになった。元々、親父と反りの合わなかった母方の親戚とは途端に疎遠になり、姉は子どもを作り逃げるように家を出ていった。残された俺は、年老いたへなちょこの親父を残して家を出るわけにもいかず、何故か家を建て、22歳にしてめでたく、持ち家と数十年のローンを背負うこととなった。

そんな諸々のこともあり、俺は今の家族に対してなんとも言い難い感情を持っているのだが。と、言うよりは、今の俺にとって、家族はもういないものとなっているのだが。しかし、昔は、こんな俺にも家族がいて、幸せな日々があった。

子どもの頃の記憶というものは断片的で、夢のようなものだ。昔のことを思い出す時、いつも思い出すのは、家族旅行の記憶だった。

小学校低学年の頃は、毎年、夏休みや正月の大型連休を利用し、家族旅行に行っていたような気がする。その頃は、母方の親戚ともまだ縁があり、15人ほどの大所帯での旅行だったように思う。

温泉街、湯けむりの漂う淡い光の街を、叔父と2人、浴衣で歩く。下駄の音。カランコロンと口で言いながら歩く俺を、笑って見ていた白髪頭の叔父の顔。

旅館の薄暗いゲームセンターで、バブルボブルをする母の背中。

くだらないことで怒鳴られた後、海の見える露天風呂で、親父と2人で見た、遠く真っ暗な海の上に浮かぶ船の灯り。

どれもが靄に覆われたような断片的な記憶で、今となってはそれが実際の出来事だったのかさえも、定かではない。ただ、それらの記憶を思い出している頃は、なんというのだろうか、不思議な感覚を覚えるのだ。例えるなら、17時の音楽が流れた時のような。もう帰らなければ、と、そんな風に思うのだ。

高速道路の灯りが好きだった。旅行で疲れた体で、帰りの車内で後部座席から見上げる橙色の優しい光が、好きだった。ああ、楽しかったなあ。もう、旅も終わりか。なんて、そんな風に思いながら。後ろへ流れていく温かい光を見上げ、目を閉じるのだ。そして、気がついた時には、家の布団で眠っていた。あの頃の俺には帰る場所があり、そして共に帰る家族がいた。

今でも、あの橙色の柔らかな光は好きだ。夜に一人、車を走らせていると思い出すのだ。あの頃の、淡い夢のような、温かい記憶を。

連休が終わる。俺は今、自分の部屋のベッドで、この記事を書いている。ここが、今の俺の帰る場所だ。ただ、心はいつもあの日々を思っている。俺の心の帰る場所は、此処にはないのかもしれない。

いつか俺に、家族が出来たなら。その時は、そこが俺の帰る場所となるのだろうか。そんな日が、いつか来るのだろうか。

俺の心は今も、この暗い道を、帰る場所を求めて走り続けている。あの日見上げていた橙色の灯りだけが、その道を照らしている。