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かきかたの本

書き方の練習

信号機と夜

一体、どんな権利があってお前は、俺の歩みを妨げることが出来るんだ。

赤く光る歩行者信号に向けて、俺は言う。

何の権利もないさ、俺にはな。あんたが勝手に立ち止まっているだけだろう。

深夜2時の交差点。車の通りは全くない。

顔も知らねえようなどこかの誰かが、そう決めたんだろう?赤信号は止まれ、と。

信号機は、淡々と言う。

そうしてあんたは、大昔にママに言われたその、どこかの誰かが決めた言いつけを忠実に守り、何の意味もなく立ち止まっている。滑稽だよ、今のあんたの姿は。周りを見てみろよ、一体、何の危険がある?この世界には、あんたしかいねえじゃねえか。

信号機は、未だに闇の中で、静かに赤い光を放っている。俺は子犬のように立ち止まり、そして信号機を見上げている。

あんたたちは、考えることを俺に任せたせいで、自分自身で安全か危険かの判断すら出来なくなっちまったみたいだな。まったく愚かで、哀れな生き物だ。それで本当に生きているつもりか?自分で何も判断せず、どこかの誰かが作ったルールの上で、マニュアル通りに、ただ時間を消費するだけの行為を、生きていると言えるのか?

信号機が青に変わる。俺は横断歩道を歩き出す。

なあ、あんたは誰だ?一体、何のために生きている?それさえも、わからなくなっちまったんじゃねえか?いっそ、死んじまえよ。どうせ生きてる価値なんてねえんだ、家畜と同じだ。

うるせえ。短く返し、歩き続ける。

あんたの人生を窮屈にしているのは、どこかの誰かが作ったルールじゃねえ。そんな、守る必要も価値もないクソと同じものを、何の疑いも持たずに忠実に守り続けている、あんた自身だ。

横断歩道を渡りきった俺の背中に、信号機は、言葉を投げ続ける。

周りを見てみろよ、みんな忠実にどっかの誰かがひり出したクソを守ってやがる。それで生きているつもりでいるんだ。生かされているだけだってことに気づかずに、な。あんたはそれでいいのか?そんな、イかれた奴らに合わせて生きていていいのか?自分で決めろ、自分で生きろ。あんたの人生の進む道を決めるのは、あんた自身だ。ママの言いつけや、夜中に光る信号機じゃなく、あんた自身の心だ。

俺は立ち止まり、道沿いの花壇からレンガを拝借し、信号機へ投げつけた。レンガは歩行者信号の下段、止まれを意味する赤い部分に命中し、俺の足を止めさせていた赤い人間は、火花を上げてバラバラに飛び散った。

信号機は、もう何も言わない。

俺は、夜道を進む。道標は、もうない。俺の行く道を遮るものも、だ。