かきかたの本

書き方の練習

Happy birthday to いずれ死にゆく者

いつからだろうか。

自分の誕生日が、一年の中で一番の特別な日ではなく、他の日と変わらない、ただ経過するだけの日となってしまったのは。

日曜日の昼下がり、カーテンを閉めた薄暗い部屋に、電子的な銃撃戦の音が響く。俺の放ったミサイルは狙いを大きく外れて敵の機動兵器を通り越し、虚しく空の果てへと消える。同時に姿の見えない敵のスナイパーから放たれた銃弾が俺の頭をヘルメットごと貫き、俺の身体は力なく地面に崩れ落ちた。画面に、You Loseの文字が浮かび上がり、俺はベッドへコントローラーを投げる。

自分への誕生日プレゼントにと、少し奮発して人気のオンラインゲームを買ってみたが、ハズレだった。お陰で、財布の中身は数百円となり、昼飯を買う金さえなくなってしまった。ため息をつき、部屋の天井を見上げる。カーテンの隙間から入り込む午後2時の陽射しが、天井に三角の模様を描いている。

明日、11月7日が自分の誕生日だということを思い出したのは、昨夜のことだった。ここ最近、仕事が非常に忙しく、10月の仕事が片付かないまま11月に入ってしまった。それからすでに1週間が経とうとしているが、俺の頭はまだ10月のままだった。

誕生日、か。

ため息まじりに、天井に向かって呟き、俺は昔のことを思い出していた。

子どもの頃、自分の誕生日は何よりも特別な日だった。数週間前からそわそわとし始め、前日は眠れないほど楽しみにしていたものだ。その日だけは学校からまっすぐに家に帰り、綺麗に包装されたプレゼントを開けるのだ。プレゼントの中身はその年によって、欲しかったゲームやラジコンやお菓子だったりしたが、今となってはあまり思い出せない。俺の大好物を揃えた晩御飯と、アニメキャラクターを模したケーキ。家族みんなが笑顔で、ローソクを吹き消す俺を見つめていた。

その瞬間、その日だけは、俺は世界で一番特別な存在になったような気がしていたんだ。誰もが俺の誕生日を祝い、笑顔で、おめでとうと言った。まるで、夢のような時間。いや、今思うと、あの日々は本当に現実のものだったのだろうか。誕生日だけではない。何をしていても、あの頃の俺は、自分が特別な存在だと信じていた。少なくとも、こんな大人にはならないだろう、と。

 

11月の空気は、今でも好きだ。秋が終わり、冬が来る。この時期になると、気持ちがどこか落ち着かないのは、きっと昔の名残だろう。

Happy birthday to いずれ死にゆく者。

いつの間にか、ベッドに座っていた孤独が俺に向けて言う。

なんだ、また来たのか。

私が来たわけじゃないわ、あなたが呼んだのよ。

長い髪をしたスタイルの良い女の姿をしたこいつは、どうやら俺の孤独らしい。1年ほど前から、何をするわけでもなく、ただ時折、俺の前に現れてはしばらく話をして消える。

私はずっと、あなたのそばにいるわよ。ただ、あなたが認識していないだけ。

なんで俺の孤独なのに、そんな風に俺と全く似てない姿をしてるんだ。

それも違うわ、この姿は、あなたが私をそう認識しようとしているからそう見えているだけよ。

孤独は、手を広げて自分の体を眺め、そして、悪趣味ね、と言った。

まあ、お前が居てくれてよかったよ、お陰で俺は孤独を嫌いにならずにすむ。

それも違う。本当に何もわかっていない人ね。あなたの中の孤独が私なの。あなたが私を好きだと思うなら、あなたは孤独でいることが好きなの。

孤独は俺の隣に座り、でもね、と続ける。

ずっと孤独でいて平気な人間なんて、いないわ。あなたは私を求めてはいけない、そうでなければ、私はいつかあなたを殺すことになる。

俺は平気さ、孤独には慣れてる。

それは、強がりでもなんでもない。これまでだってずっと1人で生きてきた。これからだって。

嘘ばっかり。私にはわかるのよ、ずっとあなたのそばで見ていたもの。本当は一人が寂しくて仕方ないんでしょう。誰かに助けて欲しくて仕方がないんでしょう。自分自身にさえ嘘をついて、それでも心の奥では助けを求めて叫んでいる。

孤独は俺の胸を指で撫で、小さく笑って立ち上がる。

明日は特別な日、なのでしょう。あなたがまた私と出会わないことを、願っているわ。

ああ、そうだな、ケーキとプレゼントを用意して待っててくれ。

俺が言うと、孤独はまた小さく笑い、そして部屋のカーテンを開いた。それまで抑えられていた陽射しが一気に部屋に入り込み、その眩しさに俺は思わず目を閉じる。次に目を開いた時、俺の目の前に孤独の姿はなく、かわりに窓の向こう側に広がる日曜日の世界の姿があった。

俺はあいつが、孤独が嫌いではない。だが、あいつの言っていたことはきっと真実で、俺は心の奥で自分自身のことさえも騙し生きていこうとしているのだろう。しかし、そうでもしなければ、こんな世界で一人で生きていくことなんてできない。

人は、一人では生きていけない生き物なのかもしれない。誰かと繋がり、誰かに認められ、そうして初めて生を実感できるものなのだ。俺はいずれ、自分自身の孤独に殺されるだろう。

開かれたカーテンの向こう側に広がる、遠い世界を見つめながら、俺は孤独の言っていた言葉を思い出していた。

Happy birthday to いずれ死にゆく者。

明日はきっと、特別な日になるだろう。