かきかたの本

書き方の練習

孤独、痴女求め、春夜を行く

昔、噂に聞く痴女を求め、夜な夜な街を彷徨い歩いていた時期があった。

社会人になって2年目の年。当時、倉庫の現場勤務であった俺は女性という存在とは無縁であり、若さ故の有り余る欲求を常に持て余していた。どうにかして、なんとかならないものか。日々、悶々と悩んでいた俺は、ふと、ずっと昔に義兄に聞いた話を思い出した。それは、家から徒歩20分の距離にある、母校の前の公園に、痴女が出るという話だった。

当時の俺にとって、痴女という存在は、まさに救世の女神であった。と、そんな風に思うほどに、俺の心は飢え、そして狂っていた。

雨上がりのジメジメとした、春の夜。俺は噂の痴女を求め、夜の街へと繰り出した。夜の街と言っても、デカい川と妙な遺跡が有名なだけの、兵庫県の片田舎である。痴女どころか、人の姿さえなく、俺は一人、静まり返った住宅地を鼻歌交じりに歩いていた。

 思えば、ずっと昔から、こんな風に、静かな街を一人、鼻歌を口ずさみながら歩いていたような気がする。

小学生に上がるタイミングと同時に、その街へ引っ越してきた俺には、当然、友達などおらず。幼少期を母親に檻に入れられ育っていたこともあり、同世代の子供たちとどう関わっていいのかがわからず、ただ、暴力だけの日々を送っていた。いつも傷だらけになって帰る俺を、母は不安そうに見つめ、そして父は頭を叩き褒め称えた。

一人で戦う男、カッコいいじゃねぇか。父のその言葉を誇りに、俺は周りの子供たちと戦い続けた。そして気づいた時には、周りには誰もいなくなっていた。それが、小学2年の頃の話だ。

俺には友達など必要なかった。母親は、毎日俺に100円玉を握らせ、家から送り出した。俺はただ、一人で街をふらふらと歩き、母親に貰った100円玉で、学校の近くのお好み焼き屋の前にあるガチャガチャを回し、そしてそのオモチャで日が暮れるまで遊ぶ。そんな日々を送っていた。当時の俺は、生きるということさえ、よくわかっていなかった。

そんな昔のことを思い出したりしながら、昔歩いた道を歩く。あの日から変わらない、通学路のフェンスに開いた穴。随分と低くなった学校の塀。足を滑らせ落ち、大怪我をした溝。お好み焼き屋の前に並んだ、ボロボロのガチャガチャ。

夜の街を歩くのは、不思議な気分だった。あの頃、一人で遊んでいた道。今は車で毎日通勤で通う道。そんな道を、俺は痴女を探して歩いている。

痴女を探す俺の深夜徘徊は、夏ごろまで続いた。時間帯を変え、コースを変え、痴女を探して歩き続けた。俺は、本気で痴女に会いたかった。エロいこととか、したりされたりしたかった。しかし、それだけではなかったのだ。俺は、彼女を助けてやりたかったのだ。

一人、夜の街を彷徨い、猥褻行為に及ぶ彼女は、あの頃の俺に似ていた。孤独の中を一人歩く彼女を、救ってやりたかった。いつしか俺は、存在するかさえわからない痴女を救う為、夜を進むようになっていた。

暗闇の中を、進む。街灯の下に、季節外れのコートを羽織った人影が見える。ゆっくりと顔を上げたその人物と目が合う。長い髪、白い肌。それが、女だと気づいた時、その女はおもむろにコートを開く。街灯に照らされ露わになる白い胸、整った毛に隠れた陰部。俺は昂ぶる気持ちを抑え、薄ら笑いを浮かべる彼女を抱き寄せる。

俺は彼女の華奢な体を強く抱き締め、耳元で言う。

もう大丈夫、と。

彼女は、どんな反応をするだろうか。驚いて声を上げるかもしれない。俺を押し退け、逃げ出すかもしれない。それとも、襲いかかってくるかもしれない。

しかし、彼女の反応はそのどれでもなかった。彼女は震える手を俺の背に回し、そして俺の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。

ずっと、ずっと、誰かにこうしてもらいたかった。

彼女は泣いていた。俺は彼女を抱いたまま、その傷んだ髪を撫でる。近くで見ると、彼女の肌は艶を失い、少し汚れているようにも見えた。

もう大丈夫、大丈夫だから。

彼女を強く抱き、俺も、涙を流す。救いが必要なのは、俺も同じだった。俺たちは暗い夜の中、2人、涙を流しながら抱き合った。

ありがとう。

しばらく泣き続けた後、彼女は顔を上げ、赤い瞳で照れたように笑い、そう言った。もう一度、彼女を抱き寄せようとした時、そこに彼女の姿はなかった。ただ、街灯の光だけが静かに、音もなく、俺の孤独を照らしていた。

幻の痴女は、もういない。愛を知った彼女は、孤独でなくなった彼女は、その存在を失った。俺は再び、孤独の夜を歩む。振り返ると、先ほどの街灯の下に、一人で遊ぶあの頃の俺の姿が見える。

痴女に会いたいという気持ちは、今も変わらない。それは、俺にとっての憧れ、いつか出会いたい存在、いつか見たい景色、夢。その全てなのだ。

女はエロい方がいい。

変態の方がいい。

だけど、幸せでなければならないのだ。孤独の痴女は、いらない。居てはいけない。だから俺は、孤独の夜を行く。この世界のどこかに居る、彼女の孤独を救うために。

3月も半ばとなるが、未だに夜は冷える。

そんな夜の中、どこかで、涙を流し孤独の夜を歩む痴女が居る。

100円玉を握りしめ、一人で彷徨う子供が居る。

痴女を求め、夜な夜な歩くバカが居る。