かきかたの本

書き方の練習

ドーヴァーの夜

ガウェイン卿が死んだ。

ドーヴァーの戦いは勝利に終わったが、その夜、宴が開かれることはなかった。進駐軍のキャンプでは、兵士たちも何かを察してか、皆一様に暗い表情でそれぞれに黙って火を囲んでいた。

その知らせを聞いたのは、ベディヴィア卿からだった。どうやら、円卓の騎士たちへはアーサー王より話があったようだ。先の戦いで傷を負いながらも、兵士たちの指揮を落とすまいとドーヴァーへ馳せ参じたガウェイン卿は、この戦いでも獅子奮迅の活躍を見せたという。しかし、百戦錬磨の勇士であっても、その身に負った傷は一瞬の隙を生む。そして、騎士の戦いにおいて、その隙は死神を誘う扉となる。

三本の槍を腹に受け、それでもなお、獣の如く叫びを上げ、数十の敵を薙ぎ払った

折った枝を火へ焚べながら、ベディヴィア卿は言う。

大した男だ、まったく、武功に関しては彼には敵わない

ベディヴィア卿とガウェイン卿は、共に古くからアーサー王に使える古参の騎士であった。私も、ベディヴィア卿に仕える身として、ガウェイン卿とは何度も酒を飲み交わした。彼の死は、今後の行軍において、果ては、アーサー王と円卓の騎士の在り方において、大きな影響を及ぼすだろう。彼はそれほどの騎士であった。

強く、勇敢で、忠義に厚いお方でありました

ああ、そして、女好きで、酒好きで、どうしようもないバカだった

ベディヴィア卿は笑いながら言い、三杯の銀のカップへ酒を注ぐ。その一杯を私に、そしてもう一杯を彼の隣、いつもガウェイン卿が座っていた位置に置く。

勇敢な騎士の魂へ

彼はそう言って、夜空へ杯を掲げた。同様に、私も杯を掲げ、そして苦いブドウ酒を一気に飲み干した。

なあ、死んだ英雄の魂は、いったい何処へ向かうんだろうな

ベディヴィア卿は、夜空へ目を向けたまま言う。

彼の望んだ、そして、私たちの望むアーサー王の作る世。それを、彼は見ることが出来るのか

私の故郷では、死者の肉体は土へ、その魂は空へ還ると伝えられておりました。そして、その空の先から我々を見守っている、と

 そうか、では、彼に見せてやらねばな

ベディヴィア卿は言って立ち上がると、腰に備えていた剣を抜き、俺の前に突き立てた。

ラティーンエクスカリバーの姉妹剣であり、ガウェイン卿の使った剣。これからは、お前が使え

私が、そんな……

お前なら使いこなせる。ガウェイン卿もきっと、それを望むだろう

 

ドーヴァーの戦いに勝利した日。円卓の騎士ガウェイン卿が死んだ日。その夜、私はガラティーンを受け継いだ。

ベディヴィア卿は言う。

私はこうも思う、死んだ騎士の魂は、新たな英雄へと受け継がれる、と。ガウェイン卿の望んだアーサー王の世を作るのは、残された我々だ。では、その先は?アーサー王が聖杯を手にし、新たな世を作ったその先。アーサー王が死に、私が死に、お前が、そしてこの場にいるすべての英雄、戦士たちが死んだその先の世界には何がある?我々の魂を受け継ぐのは誰だ?

 

我々の戦いは、きっと、後の世に英雄譚として語り継がれるだろう。ガウェイン卿の死も、アーサー王、ベディヴィア卿、他の円卓の騎士たちの伝説も。

我々が死んだその先の世界で、その魂を受け継ぐ物はいるのだろうか。次の世代、その次、そしてそのずっと遠く先の世界に、英雄はいるのだろうか。それほど遠い世界であれば、もしかしたら、騎士も戦いも存在しない世界になっているかもしれないな。

その魂を受け継ぐ者がいなくなった時。それが、英雄や騎士の本当の死なのかもしれない。少なくとも、我々が生き続ける限り、ガウェイン卿の魂は生き続ける。

私は、受け継いだ剣“ガラティーン”を鞘へ戻し、焚き火の火を消して横になる。途端に、日中の戦いの疲れが重く身体にのしかかる。

仰向けになり、木々の間から見える満天の星空を見上げる。ずっと遠く、その先の世界を生きる名も知らぬ英雄たちも、同じ空を見上げているのだろうか。私の魂は彼らの中で生き続けることが出来るのだろうか。

今日は長い一日だった。本当に、長い一日だった。

せめて今は、静かに眠ろう。